「エキサイト公式プラチナブロガー」スタート!

毎週の網走出張とほぼ同時進行で、毎週の東京出張。諸々の命運をかけた極東へのドライブの行き先は少々不透明。映画は、撮影と録音をなんとか終えて編集に着手したものの、作品の内容とは無関係に懸案事項が生じており、まるで「ことの次第」の自分バージョン。全てが無事に解決したら3日間くらい何も考えずに自然の中でキャンプを張って過ごしたい。

それにしても、オホーツク・北方起源説関連の試みに着手するたび、新潟の友人をよく思い出す。きみのくれた素晴らしいヒントのお陰で僕は本当に死にかけている。おそらく触れてはならないものに触れているのだろう。党派性のないオルタナティブ、ニーズのないカウンター。無名のまま消えていった、しかし本当は誰よりもまともで慧眼の持ち主でもあった作家たちの住まう煉獄が眼下に見える、あるいは既に自分もそこに立ち入っている。


上記とは別件で、札幌市中心部の地下通路にある「500m美術館」というところで作品を展示しています。昨年、北海道立近代美術館の企画展で比較的大型のプリントを製作した「197X」というタイトルのシリーズ。期せずしてこのシリーズが撮影された場所での展示という意味でも面白い試みになったと思います。

※8日現在、企画展主催者の作成した展示キャプションに誤りがあるようです。作品タイトルが「brochen / Okhotsk」という私の別の作品群のタイトルになっていますが、正しくは「197X」となります。ご了承ください。



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# by akiyoshi0511 | 2016-04-08 02:32

年末から動き始めていた案件で、映画をつくるというミッションがある。映画といっても劇場公開を目標とするべきものではないし、まして収益ベースのものではない。今のところこの仕事は(実質上のパイロットワークである一作目に限って)、とにかく海外映画祭などのアカデミックな展開を主目的に、その題材やテーマの部分でクライアントの意思に叶うものにする‥という、非常に珍しく幸運な形態をとっている。

正月のゆったりした道東訪問から一転、今度は映画制作のために連日網走や道北を駆け回り、ロケハンや出演交渉などの段取りを進めつつ、同時進行でシナリオの仕上げ作業。収益のない仕事になりつつあるのは承知しつつ、ここで自分たちがやっておくべきことはなんなのか、表層で、建前で成果をあげるのではなく、本当に強い結果とはどのようなものかを念頭に、自分とスタッフは全身をそこに投じて準備を進める。言うまでもなく通常の仕事よりも考えることが多い。題材が地方の歴史や人に関わるものでもあるので、現地で関係者の話を聞くプロセスも欠かせない(これは何よりも楽しい作業でもある)。兎にも角にも、映画制作を短い納期に向けて動かすとなると、日頃の広告映像とはまったく異なるワークフローが生じる。

ある側面においては、こんな毎日は10数年前には日常だった。当時は8ミリ映画や16ミリ映画で、なんら外部からの要請もなく、ただただ己の執心のみに突き動かされながら、日夜映画について語り、シナリオを何度も読み返して校正し、ロケハンを繰り返し、出演者を探し回ったりしていた。当時の制作集団は3人か5人くらいのグループで各々が交代で監督作を作るという流れで動いていた。長編が形になったのは最初の一人で、二人目は撮影のみ完了して未編集、三人目の自分は、長編の撮影半ばで諦めざるを得ない状況になった。
このブログは2005年から始まっていて、それはちょうど自分の長編制作に本腰を入れ始めた時期だと思う。当時の映画論や社会への視線が青臭すぎて読むに堪えないけれど、あの日々から10数年、ある意味ではシームレスに再び映画制作が動いている。端的に言えば、あの頃の続きがいまここにある。ブログを消さないでおいたのは、こうして再び映画に取り組む時も見据えていたのは間違いない。

映画は僕にとっては原点であり、同時に鬼門でもある。最初の短編のアナーバー入選や国内受賞がなければ続けていく自信は得ることができなかったし、その後に満を持して取り組んだ上記の長編映画の失敗がなければ、写真に本格的に取り組むこともなかったに違いない。
その原点なり鬼門がもう一度目の前に現れて、全力で戦いなさいと迫ってくる。臆せず飛び込み、やはり予想通りというかなんというか、軽く命にも関わるような状況も経験しながら制作は深まっていく。これが映画だったな…と思いながら、時おり冷や汗をかきながら物事を前へ前へと推し進めていく。迷っていたら間に合わないし、何かを決める度にそこで作品の明暗が分かれる。この極限のプロセスが、そして結果としての作品の質が今後の鍵になるだろうということは直感している。制作者の熱量は、必然的にその後の作品の価値を左右していくということを経験的に学んでいるからだ。故にこのやり方を信じて、敢えてこの極限状況に身を置いているのだろう。

制作スタッフの仕事には3年間の成長が反映されており、完璧とは言えないまでも丁寧かつ迅速に進む。東京からは信頼しているカメラマンが交通費だけで駆けつけてくれる。僕も谷底で冬眠していた頭をフル稼働して完璧な設計図を描くべく努力をしている。誰か一人でもこの状況を信じられなくなれば全員が倒れることは分かっているが、そんなことを危惧していては到底映画など生み出し得ないということを、やはり僕は経験的に知っている。


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# by akiyoshi0511 | 2016-02-12 14:18 | monologue

真冬になってからもほとんど毎日フィールドに出ていた。ハイテクすぎてもはや自分の手足とは思えない小型カメラジンバルを手に雪深い谷に降りたり、自分にとっては重量級の4Kカメラを防水のリュックに詰めて、薄らと雪の積もった湿原を歩いたり。果ては都心の下水処理場の(昨今では水リサイクルプラザなどと呼ぶらしい)温排水が臭う水域で80センチあまりの「幻の魚」に出会ったり…。
仕事の合間のごく短い時間で、数日に一度は必ず水辺に立っていた。おかげでマイナス5度まではまったく気にならない、マイナス10度でも長時間行動可能な体の耐性だけはできた。

これは一応ロケハンないしはテストシュートなのか、思考を深めるためなのか、それとも逆に思考放棄なのか。全てが曖昧なのだけれども、この厳冬期に景勝地とも言えないような場所を、スノーシューまで購入してまで歩き続けているところが我ながらおかしいし、今まで多忙・過労・体調不良を合言葉に、所謂「まじめな話」しかしたがらなかった自分の心身の変化として、妙な可能性さえ感じる。ネットサーフィンの(死語だが)時間を水辺の散策に宛てただけの話なので、業務の効率は向上しているのは間違いない。何かに対して不真面目になったわけではなくて、真摯に谷に堕ちていると言い切れる。ある種の底に堕ちたものには希望しか見えない、ということだろうか。

上徳如谷という言葉をある人から聞いた。鹿が外敵から身を護りながら傷を癒すために谷間に隠れるという逸話が起源らしい。あるいは、(谷底から生態系を見つめ)新たな着想を得るために思考する、なんていう意味もあるそうだ。実際のところは、夏までの過労から胃痛が悪化して、休みをもらって川歩きを再開したことがそもそもの発端なので、圧倒的に前者の気分から始まったのだけど、それは結果的に何かを強く見定めることにつながったようだ。
活動そのものは仕事面・作家面共にとても充実していたが、同時に何も圧倒できなかった2014年後半から2015年前半の動きが、もっと根源的なアクションを起こせ、という命題を導き出したのかもしれない。

これは何かとの決別であり、同時に別の何かとの和解のようなもの。決別といっても拒否ではないし、和解と言っても手放しで「ただいま」という感じでもなく。とにかく何かが分かるまで掘れという命題にたどり着いただけ。思えば8年前、東京から北海道に舞い戻った年、僕は撮影もせずに湿原を歩き続けていた。同じ行動様式に戻って、同じ次元ではいられないということが、既に次の挑戦を暗示しているように思う。

現実的なところでは、曖昧な時間は既に終わり、今は複数の取り組みの段取りで道東に意識を向けている。来週も再来週も、海さえも白く氷結した場所や、近隣の山野で撮影を続けることになる。このために耐寒トレーニングもどきの時間を重ねたのか、寒さを意識しなくとも動けるようになったことでこれらのミッションが生まれたのかという、卵と鶏のような関係。
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# by akiyoshi0511 | 2016-01-29 18:29 | monologue

ロケハンとしての遡行を再開した。気温6度。一気に寒くなって雨の中の渓谷歩きは辛くなり、さらに本流の崖で二度目の滑落をし(大したものじゃないが)、急に現実に引き戻された気がした。これまでにも覚えがあるイニシエーション。
すっかり雨に打たれ、良い写真(映像)も撮れなかったので、気を取り直そうといつもの溜まりで尺足らずの虹鱒を三尾。風が強くてフライがポイントに届かないので、僅かに風が止んだ隙をついて投げる。30分で寒さに敗けて終了。
峠では雪が降り出してしまったが、まだ道内の実景撮影の仕事がいくつかあって、週の後半から来週が勝負になるだろう。

一年後に予定している引っ越し及び展示活動と、余暇の釣りがきっかけで、数年ぶりにこの水系に着目するようになった。まだ見ていない流域が多く、ダムの連なる本流はアメリカのトラウト・リバーの縮図のようでもある。パタゴニアがプロデュースしたダム破壊の映画をまだ観ていないが、きっと自分にとっては視覚的な快楽に満ちた作品なのだろう。
この下流にO淵という地元の景勝地(古い時代の自殺の名所でもある)があって、春にその夜景を撮ったのはもう何年前だろうか。そこからアイヌ語地名に関するシリーズが生まれた。冷たい早春の風に吹かれ止まらない涙を、絶えず擦りながら撮影していたことを思い出す。

帰宅後、ふと某大学のM氏のブログを思い出して閲覧。一切の言葉が消え、美しい写真だけが羅列されていた。哲学者がオンラインの言葉を棄てたか、棄てはしなくとも用いないということ。個人的な感情の遷移なのか、そういう時代になったということか。
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# by akiyoshi0511 | 2015-10-14 12:24 | monologue

「197X」

近代美術館で展示しているシリーズ(「197X」)はデジタルで撮影している。デジタルイメージによる現実の模倣(あるいは擬態)、時間の可逆性に関しての省察…といったワードがそれを方向づけた。
美術館という場でアルミの裏打ちを施されてソリッドに光を放つ物体たちは、自分にとっては短期間で最大の結果を出した、想定以上の成果物と言えるかもしれない。

脆いインクジェットプリントに、アルミニウムによって物質的強度がもたらされる。作品を搬入していて、軽く、硬い写真の存在自体が自分にとっては新しい感触だった。ノスタルジーを転倒させ、そこにストイックな硬度をもたらすプロセス。言い換えればそれは、建築物に認められる多くの古傷や何かの痕跡は、ノスタルジーを引き出すために写し取られたものではないということの証左でもある。

フィルム撮影・銀塩プリント・木製のフレームなどは、この作品にとってはまったく不要なものだった。ただ合理的に、できるだけ素早く、できる限り硬質で怜悧な作品として、打ち立てる必要があったのだ。やはり、それはある種の擬態なのだと思う。「完全コピー」を趣味的に目指すのではなく、敢えて似て非なるものを迅速に生み出すこと…。

「197X」という擬態は、オリジナルに対してのリスペクトや反復ではなく、ある種の防御・攻撃を目的とする。
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# by akiyoshi0511 | 2015-03-12 06:36 | monologue

Akiyoshi Kitagawa x General Motors Japan Limited "CTS & Captiva in Okhotsk"

YANASE GLOBAL MOTORS及びGeneral Motors Japan Limitedとのコラボレーション企画で、本日から札幌のGMショールームにて写真展を行っています。

「Okhotsk」シリーズから写真10点に加え、本プロジェクトのために新たに撮り下ろしたExtra ediotion2点、そしてキャデラックCTSのイメージムービーをショールームにて展示中です。

作品のご観覧目的での入店も可能ですので、気軽にお越しください。会場マップはこちら。
http://www.yanase.co.jp/gm/store/sapporo/#AccessSection

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# by akiyoshi0511 | 2015-03-03 01:39 | dialogue

「もうひとつの眺め(サイト)」

道立近代美術館で開催される「もうひとつの眺め(サイト) 北海道発:8人の写真と映像」展のオープンが、いよいよ一週間後となりました。

http://imaonline.jp/library/exhibitions/mouhitotsu_no_saito/

これは私にとって初の公立美術館での展示であると同時に、現代美術における「写真と映像」にフォーカスしたという意味では道内初の本格的な展示となります。今回は美術館側からのセレクションにより、「197X」という2010年に撮影したシリーズから大型プリント20点(新規撮影も一点含む)、そして本展のために新たに制作した映像作品を展示します。
「197X」は展示自体が初めてですので、機会をいただけたことに感謝しています。また、展示構成は昨年の個展から試みている、写真とビデオプロジェクションを並置することで作品のコンテクストを示す形式で、今回は映像にも力を入れています。

個人的には昨年8月から7件続いた企画展・滞在制作の総仕上げ。これでやっと2014年を終えたという実感があります。
2月7日(土)の15時から、30分間のアーティストトークが行われます。いつもそうなのですが本作は特に、作品に付随する自分の言論や会場で提示される文章も、全てが作品の一部だと思っています。
札幌の街が混み合う雪まつり時期ですが、ぜひお越しいただければ幸いです。

北川陽稔
http://www.akiyoshikitagawa.com/

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# by akiyoshi0511 | 2015-01-26 07:04 | dialogue

2014.12.31

今更ながらヴェンダースの「Palermo Shooting」を観た。全盛期のヴェンダースを知るものとしては全く期待していなかったのだけれど、ベッヒャー・スクール的な現代写真美術への憧憬と自己批判や、20世紀から現在までのビデオアートへのオマージュが随所に散りばめられていて、想像以上に楽しめた。ロードムービーの新たな境地とまでは言えないと思うが、ヴェンダースらしく、作り物と即興の境界で、あくまでラフに、かつ全力で戯れている構成は見ていて飽きなかった。

少なくともヴェンダース映画の最大の美点である、デジタルによる映像を疑いながらも、それを包含した映像の未来を真摯に見定めようとする姿勢には回帰できている(その論旨がクリティカルかどうかはともかく)。すでになし崩し的に状況が変わり果ててしまった時代にあって、映像というメディア、あるいは映像におけるメディウムのアウラや影響力を真摯に突き詰めてゆくことはほとんど時代遅れなのだが。写真のネガに関する劇中の「死神」の言及など、ここにもまだボードリヤールの亡霊が息づいていた。思うところが多く、年の暮れに見ておいて良かったと思う。

なぜボードリヤールの残した言説が既に無効なのか、それを今更ここで述べたてる必要はないと思うが、コンシューマ環境を含めたデジタルの解像力が肉眼レベル、あるいはそれ以上に達した現状にあって、写真・映像というものはCCDに依拠する光の蒐集行為に変化した。仮にフィルムの感光に根ざしていたとて、ほぼ全てのケースでデジタル処理・出力を伴う時代になっている以上、写真におけるメディウムはその統合された環境から見定めてゆくものであって、フィルム「のみ」が真の写真であるという思考は、そもそも写真というメディアを包括的に見ておらず、「作家主義(イメージの匿名性も含め)」の妨げとなる不都合な状況から目を逸らしていることにすぎないということになってしまう。いくら「世界よ反転せよ」と祈りながらシャッターを切ったところで、ネガフィルムは今や、ただのレトロスペクティブな触媒であることは否めないはずだ。コダックの崩壊はフィルムの時代が終わったのではなく、フィルムのもたらすある種の神話とレトリックが崩壊したことを意味している。例外的に言えば杉本博司のように、感光の科学的作用を作品のコンセプトとして引用している場合を除き(あるいは多重露光の再現不可能性なども辛うじてまだ有効であるかもしれず、現に自分はその範疇において今でもフィルムを使用している)、趣味趣向の領域と言われても致し方ない状況から目を逸らすことはできないだろう。

デジタルの情報不足が明らかだった10年前と今では、写真(や映像)のメディウムの取り扱いは上記のように本質的に変化している。そんな時代においても、ヴェンダースはいつもビデオやデジタルを「曖昧に」受け入れながら懐疑的な姿勢も継続するという、如何にもヴェンダースらしい態度を取る(「都市とモードのビデオノート」で、ビデオ・フッテージをフィルムカメラで撮影して見せたように)。
仮に同輩のヘルツォークなら「聖なる映画の時代は終わった」と断言した上で、堂々とデジタルシネマの可能性と向き合うだろう。現にそうして、誰よりも早く世界最古の洞窟壁画を3D映画に仕立てる。蛇足になるけれど、ロマン主義的に見えがちなヘルツォークの本質は、限りなく野蛮で怜悧なロマンの破壊にある。3Dとの向き合い方にもそれは率直に現れていた。相変わらず彼自身がフィツカラルドであり、アギーレだ。ピナ・バウシュを撮ったヴェンダースと、そういうところも好対照。
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# by akiyoshi0511 | 2014-12-31 15:53 | dialogue

2013.12.8

tumblrでメモ程度に日々の移動中や仕事の空き時間に撮影した写真を上げている。ひとまずメモというか実験材料というか、自分でも把握しきれていないイメージの集積からはじめて、随時方向性を見直していく。

http://akiyoshi-kitagawa.tumblr.com/

デジタルで撮影された画像は撮影された「瞬間」からネットワーク/マトリクス上にあることと、フィルムを葬るに至った即時性と可逆性こそが、実は最大の可能性でもある。ある日の何時何分に歴史的な何かが起きても、それは事後的に容易に操作可能であるということ。全てが嘘で、かつ真実。
写真のことに限らず、恨み言はもういいので今はとにかくやれることを増やしていこう…と。

仕事以外でもデジタルカメラを手にしたことで、相対的に、夏から撮り続けているフィルムのシリーズがなぜフィルムでなくてはならないのか、より明確なってくる。プロセスは作品の一部であり、60年前の手巻きカメラを用いねばできないことが(自分にも)まだあるのは幸運なこと。

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# by akiyoshi0511 | 2013-12-09 14:52 | monologue

2013.11.16

4年ぶりにデジタル機材を刷新。今日はそのテストで海辺へ。するとたまたま、ウェルベックの「ある島の可能性」のラストシーンのような風景に遭遇。幸先良い。

殊更デジタルの場合、カメラと身体はできるだけ怜悧に切り離されてる方がいい。入力用センサーを所持してるだけであって、カメラを所持してるという意識がない。カメラマンではなく、全身の感覚で捉えたものをすぐさまデジタル画像に変換するスキャナマン的感覚。

デジタルメディアに包囲されたパノプチコン時代に対等に抗うためには、高精度のデジタルの目が必要。
あるいはボードリヤールの最期の悲痛を乗り越えていくための新しい身体感覚。そういうスピード感や情報量をひとつの回路として切り開きつつある(あるいは、閉ざしていたものを開こうとしている)。

最近は仕事と作品制作の境界よりも、プロジェクト毎のアプローチの違いで機材を使い分けるようになった。フィルムかデジタルかという二元論ではなく、フィルムにもいろいろあるし、デジタルにもいろいろある。必然的に機材は増えていく。古いものは60年前のものから、新しいものは昨日市販されたばかりのものまで。
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# by akiyoshi0511 | 2013-11-16 03:59 | monologue

KAWABA NEW-NATURE PHOTO AWARD

10月20日に群馬県川場村にて公開プレゼンが行われたKAWABA NEW-NATURE PHOTO AWARD 2013にて、川場村賞を受賞させていただきました。
審査員の方々や、現地のアテンドを担当してくださいました関係者の皆様に心よりお礼申し上げます。

川場のアワードは単に受賞結果のみを求めるコンテストではなく、その後、地域と能動的に関わることができる可能性を秘めた新しい取り組みなのですが、それを審査の現場を訪れて改めて実感しました。

群馬奥地の鉱山地帯は20代半ばから通い始め、徐々に自分が歳を重ねていくことも痛感しながら、毎回そこで何が実現出来るか自分自身の今を問うているようなところがあります。今回は長いブランク後の訪問となりましたが、作品制作・アワード共に結果を残せて感無量です。
新たにご縁を頂いた川場村を含め、改めて一帯を今後も訪れることになりそうです。

http://k-naturephoto.info/
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# by akiyoshi0511 | 2013-10-24 12:26 | dialogue

2013.10.15

今日の札幌はそろそろ初雪でも降るのではないかと思えるほどの寒さ。朝方、道内の山は軒並み真っ白になり、Facebookに続々と知人の画像がアップされていた。

昨日は自宅の引っ越しがあり、これで札幌の新居、そこから10分ほどの場所にある仕事場(これまでは寝食もそこでしていた)、そして東京のワンルームという3つの部屋を移動しながら日々を過ごすことになる。大したスケールでもないけれど、一所に止まっていると思考が停滞しがちな自分にとっては、気分を変えながら動けるし、札幌と異なる臨場感のある場に基本的にいつでも逗留できるのはとても都合がいい。
新居はまだ引っ越しが片付いていないので、先ほど昼食がてら戻って、少し部屋の整理をしていた。室内はタングステン光源なので(懐かしい裸電球を敢えて使っている)、ちょうど夕暮れ時間と重なっていたことで外の光が真っ青に見えて、久しぶりに「annoski」で写し取った光を思った。

・・・

その「annoski」というシリーズ作品が、群馬の川場村というところで今年から新たに開催される「KAWABA NEW-NATURE PHOTO AWARD」という写真賞にノミネートされた。明日の夜からは再び東京滞在、そして週末は現地入りという予定になっている。受賞まで漕ぎ着けられるかは未知数だが、この「NEW-NATURE」という定義には可能性を感じている。そして、せっかくこのような機会を頂けたことで数年ぶりに群馬へ赴くことができるので、前日入りして草津の奥地や、10年ほど前に撮影したもののきちんと作品化できていない某硫黄鉱山跡地で撮影をしようと思っている。

10年前の訪問は長篇映画が途中で破綻した直後で、なんとかそのシークエンスをスチールに置き換えて作品化できないものかと焦りながら撮影した。一応、人物を含めた40枚ほどのシリーズを組み上げたが、仕上げたいという意思ばかりが先行して、一枚一枚の写真と丁寧に向き合うことができなかったように思う。今回の撮影で、この10年の自分の変化が少しは実感出来るかもしれない。単独のシリーズにはならないと思うけれど、今年進めている最新作の一部に組み入れようと思っている。

・・・

薄暮の中、新居のソファに腰掛けてぼんやり部屋を眺めていると、まだ決定的なタイトル案が出ていない今年の新作(先日の東川のスライドショーでその一部を上映させていただいた、多重露光を用いた作品群)のシリーズタイトルになりそうな言葉が、ふと脳裏を過った。
すかさず携帯でメモを書いて、自分宛にメールを送る。新居は純粋に生活の場であり、休息の場だと思っているのでノートPCも基本的に持ち込まないし、持ち込んでもインターネットに接続しないようにしている。そういう気持ちの変化が却って新鮮なイメージや言葉を引き出してくれたのかもしれない。
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# by akiyoshi0511 | 2013-10-15 17:51 | monologue

2013.10.7

全包囲的なデジタル化によって世界が不可逆性を失っていくことに対して、まだ違和感を拭いきれない。
逆にそれが僕の作家としての拠り所とも言える。
だから、(多重露光の)やり直しが効かず、偶然性に依らざるを得ないネガフィルムに敢えて拘る。Photoshopで合成の整合性を求める時の、繰り返しのトライ・アンド・エラーから得られる陶酔感も好きなのだが(それはまさに芸術における可逆性の象徴であり、ことの黎明期において革新的であり得たのだった)、今現在、取り組んでいるシリーズはそういう性質を求めていない。

偶然性にイリュージョンを求めることそのものも、世界の可逆化/透明化への抵抗なのかもしれない。仮に抵抗という言葉がもう意味をなさないのなら、それを敢えて引き蘢る行為と言っても差し支えない気がする。
世の引き蘢りたちが自己肯定のためにtwitterで垂れ流す言葉が世界を動かす時代なのだから、芸術が高次の言語であると言い張る必要もないはず。善かれ悪しかれ蔓延している、新しい相対的な見方を拒絶しようとするから疲れるのであって、自分もその地平に立って、「私は私」を宣言してしてしまえばその重力はひとまず無化できるんじゃないだろうか。

そんなことを考えながら、仕事の合間に60年前の中判カメラやリンホフを担いで出掛けていく。ブラッケージのような偏執狂的妄信がある訳ではなく(考えてみれば彼も立派な引き蘢りではないか)、メカス的な宿命を背負っている訳でもないけれど、とにかく刹那的で否定的で、そして時差のあるこの(ネガ)フィルムという媒体が僕はどうしようもなく好きなのだ。
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# by akiyoshi0511 | 2013-10-08 01:24 | monologue

2013.10.1

10日ぶりに札幌の作業場に戻った。ドアを開ける前から猫が激しく自分を呼んでいることに気付く。3、4日の出張でも戻るとそんな感じだけれど、10日ぶりとなると猫の方もちょっと気違いじみている。こちらとしても猫にはとても会いたかったので、嬉しい再会。これからほぼ毎月、こういうことが繰り返されるのだろう。

9月に札幌で結婚し、ほぼ同時に東京にも部屋を借りた。仕事上の拠点がどうしても必要な時期になったから。今年は年明けからほとんど無休に近い状態でクライアント仕事をしていて、今もその延長上にいる。札幌と東京、半々で動けるのが自分としては心地良いけれど、毎月のようにホテルを予約するのも億劫なので、部屋を借りることにした。ホテルに泊まる値段とほとんど変わらない家賃なので安いものだ。
部屋は多摩川付近の神奈川県側にある。奇しくも15年ほど前、始めて上京した時に住んだ場所にも近い。引っ越し早々、東京の写真家の知人たちと多摩川の河原で営業している居酒屋で飲んだ。相変わらず猫や犬がいた。

敢えて15年ないし5年前と同じサイクルに身を置いてみて、ひとまず正解だったとは思う。ある種の新鮮な気持ちを維持して東京に関わりながら、その感覚を札幌に持ち帰ることを繰り返す。仕事上のコストを考えても効率が良くて、自分自身の中で何かが滞留してしまうことも防げる。
週末は山梨・奥多摩で撮影をした。最近は土地の物語ではなく、地勢や地質が自分の作品と結びついている。某かの民間伝承を手掛かりにする訳ではないから、もうこの狭い日本の中で北も南も関係ないと思うようになった。その代わり、文字通りの地層に目を向けている。これからは、数百年・数千年の時間の層、あるいは地球の深層が露呈している場所で撮影をしていくことになるだろう。

それにしても、15年前と今では世界も自分も状況が変わり過ぎた。当時は9.11も起きていなかったし、放射能も前提にしなくて良かったし、自分は20歳だったし、こうして日記を書くことにさえ一定の重みを見出すことができた。
拡大に向かう螺旋なのか、その逆なのかは分からないけれど、一度しかない人生で東京に二度目ないし三度目の必然性を感じたからここにいる、ただそれだけだ。厳密に言えば完全に離れていた訳ではないので、少し中途半端だったものを正しい形に戻しただけ。「ちょっと3年くらい山の中で写真を撮ってました。作品ができたので戻ってきました」そんなところなのかもしれない。
5年前、家の危急な事情で東京を離れた頃、僕はあんなにも世界を視ていたはずなのに、実のところ引き蘢りに近い状態だったのかもしれない。冷静に振り返れば手詰まりも感じていたことは否めない。

先週はスーザン・ソンタグの関連書を読んだ。20代の頃に読むべき本だったが、当時の僕はこれに変わる数人の著作を繰り返し読んでいた(ここは簡単にまとめられないけれど、それ故に引き蘢らざるを得なかったのだ)。いずれにしても既に終わってしまったものだが、これからも間接的に抱え込んでいくものでもある。かつてはそこに直接性を求めていたが、今はより深層から某かの表現を引き出そうとしている。そこだけが少し異なっている。
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# by akiyoshi0511 | 2013-10-02 07:09 | monologue

高田洋三氏のアーティストトーク

三人展の後、映像仕事が続いており矢継ぎ早に後続案件が迫ってきます。今日中に編集ラフ一本と次の撮影のセット仕込み&段取り一件と企画修正一本に加え、某展のトークレジュメ一件。その後は大物2件が動く予定。
雪解けを待たずして春の山場が来ています。冬の山場はくだんの三人展だったので、彼岸と此岸を行ったり来たり。

・・・

さて、次の土曜日(4月6日)はCAIの高田洋三写真展のアーティストトークに出演させていただきます。もう一人のゲストコメンテーターは露口啓二さんで、僕は一応司会進行という役回りですが、この二人の先達の取り組みの要点を短時間で言語化するなど、到底不可能なことだと思っています。

従って無理にストーリーを描かず、キーワードを整理しておいて、2、3の深い切り口を引き出す努力をするつもりです。そこから充分に広がりも深みも得られると思います。
今はお二方の事前のメールでのやりとりを下地に、切り口を模索しているところです。

高田洋三さんと露口啓二さんの写真に共通点があるとしたら、現実や歴史への認識を揺さぶる(一見して不可視の)力だと思います。お二方とも一見すると視野の表皮をドライに切り取る手法ですが、彼らの写真や言葉を凝視していると、ふと気付いた瞬間に、建造物やアスファルトや草木を剥ぎ取ったところにある途方もない深層にアクセスさせられていることに気付きます。その時、すべての鑑賞者は個としての意識から遊離し、ただ静かに深淵を目撃する「眼」となるのではないでしょうか。そこで得られる答えのない茫漠とした感触は、写真の(あるいは現代美術の)真理に触れ得るものだと思います。

個人的には、最近になって自分自身も準備を進めている1:2フォーマットの写真に興味があるので、そのフレーミングの際の視野の認識などにも触れてみたいと思います。

高田洋三氏の写真展詳細は下記ページに記載されています。
http://www.cai-net.jp/info/index.html
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# by akiyoshi0511 | 2013-03-31 14:56 | dialogue

2013.2.1

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祭りの翌朝、久しぶりに早朝の多摩川六郷土手を散歩。懐かしい川崎の臭気にはすぐに慣れてしまった。澱んだ川床にボードリヤール的な靴を見定め、仕方なくiPhoneで撮った。やはりせめてBELAIRを持って来るべきだった。

確かな実感とともに触れられるものは、もはや朽ちたもののみ。過去となりつつある思想の引力に後ろ髪を引かれながら、急激に変化するこの世界の重力と折り合いをつけることを目論む最後の世代…としての自己を確認する、短いながらも重大な「旅」。1年前からある人に届けたかった声をやっと届けられた(8分の持ち時間で伝わる訳がないけれど、必要な言葉の断片を辛うじて発した)、いつか対峙してみたかった先達と対峙できた(大きな存在感と、辛うじて向き合えただけだった)、関係を築きたかった同世代や若い写真家たちと語った(若い秀才たちの人間味に触れて、少しだけ安心した)。
一瞬ながらも、濃密すぎる半日。

今回は、想定外に喜ばしい入選ながら、同時にとても残念な入選でもある。年齢制限の関係で僕にはもう僅かな機会しか残されていない。もっと早くから、この場で自分を鍛えることができたら何かが違ったかもしれないと思う。東京外で活動するの若い写真家に、ぜひこの場を目標にしてもらいたい。20代の若い写真家なら、おそらくもっと自己を開き、多くの刺激を持ち帰ることができるだろう。

・・・

多摩川の散歩も終え、心地良い心の震えをキープしたまま空港へ。
そして再び札幌都心の、「重力と虹の地下室」へと戻る。
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# by akiyoshi0511 | 2013-02-01 09:29 | monologue

2013.1.1(初夢)

無数の洞穴がある水辺を仕事仲間数人と訪ねている。昔乗っていたオープンカーで谷を降りて行くと四方に大きな穴が口を開けており、そこから水のきれいな沢が流れ出している。

洞穴は昨年撮影したある場所にも似ているが、もう少し人工的なトンネルのような、整った楕円形で、切り立った岩盤に無数に口が開いていた。
それぞれの洞穴はかなり奥行きがあるが、なぜか中は明るく、最深部まで見通すことができた。誰かがアメリカの風景のようだと言った。僕は石の裏に鱒がいそうだと思った。

数年前に関わっていた会社で営業をやっていたA君と、なぜかその場所で鉢合わせする(そこは観光地で程よく管理されているのだった)。A君と話しながら少し高い場所に移動した。すると案内板に目が行く。案内板に従い眼下を見ると、青い湖面に2つか3つ、小型の筏のようなものが浮かべてあり、そこにはそれぞれ神道の祭壇と、アイヌ式の祭壇が設えられている。

・・・

…という初夢を見た。

今日は豊平の水神様と石山神社に初詣をする予定でいる(ちなみに豊平の神様は昨年、管理者の方に許可を得て社の中を撮影させていただいた、とても小さな神社。石山の方は2年前にその地域を撮影した作品が受賞に繋がったというのが縁で、信仰という意味では特に深い理由はない)。

さて、一体どんな2013年になるのだろう。少なくとも僕にとっては近年にない素敵な初夢だった。別段、飛躍した創造的な夢だとは思わないけれど、少なくとも合わせるべきところにチャンネルが合っているということは実感できた。
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# by akiyoshi0511 | 2013-01-01 04:10 | monologue

2012.12.21

一言で言えば「絶望を受け容れること」。ミシェル・ウエルベックの「闘争領域の拡大」はそういう本らしい。

一読すると、高度自由主義社会(人間と人間が極端に相対化された社会)における人間の快楽の追求を、悲哀を込めて描いているように見える。けれどこの小説、そんなに分かりやすいものなんだろうか。仮に、後に同じ作者が著す「素粒子」や「ある島の可能性」の誕生を踏まえて書かれたものだとしたら、まったく違う(あるいはより踏み込んだ)読み方もできるのではないか。
「闘争領域の拡大」の表紙を開くと、まず魅力的な引用文に出逢う。僕はもうその時点でこの長編小説を、一晩か二晩で読み切ってしまいたいという衝動に駆られるのだった。冒頭には、こんな一節が引用されている。

『夜はふけた。日が近づいて来ている。それゆえに私たちは闇の業を脱ぎ捨てようではないか。そして光の武具を身につけようではないか。』
(ローマ人への手紙 第十三章の十二)


闇の業と光の武具。まさに「素粒子」や「ある島~」を予見させるような言葉。まったく作者はどうやって、無数の古典の中からこの魅力的な一節を見出したんだろう。もしかしたらウエルベックはこのデビュー作を書き始めた時点で、続く三作(ちなみに僕はまだ「プラットフォーム」は読んでいない)を既に視野に入れていたのではないか。
残念なことに(僕は既にそれを期待して読んでしまったので)、「闘争領域の拡大」はそういう超越的な世界を描いたものでは全然なくて、飽和した資本主義社会で、ただただ肉体の衰えと叶わぬ欲望に捕われ、自壊してゆく三十路男の悲哀を描いたものだったりする。興味深いのは、主人公よりも少し若い20代後半に設定された(絶望的なほど外見的に醜い)友人が、その悲哀の真っ直中で簡単に死んでいくのに対して、その死を含めた悲哀を、主人公が客観視しながらゆっくりと自壊へと向かうところか。主人公が架空の小説を認めているという設定も相まって、この本は終止、幽体離脱した人物が自分の人生の末路をぼんやりと眺めているような印象を与えてくる。そして、その浮遊感はやはり後の作品の世界感に繋がる。

・・・

ウエルベックの物語に倣えば、消滅が進行しているのは自由でも民主主義でも、まして個人のアイデンティティでもなく、僕たちが日々体験し、悩まされているこの現実そのものなのだ。しかもその消滅というものは加速度的に進行している。クローニングと情報技術、この二つが自律的に進化し始めた時点で、私たちが悲哀や歓喜をこめて体験する「現実」というものは、少しずつバーチャルリアリティに置き換えられているのだ、ということになる。
これで、僕がこの小説家に否応なく惹かれる理由がはっきりする。つまり、ウエルベックの描く未来は、ボードリヤールが悲観的に予見した未来をほぼそのまま寓話化したものだった、ということ。

ボードリヤールとウエルベック、双方の言葉を背景に世界の現状を物語るなら、「今この時代」というタイミングも、情報網の中で個人も国家も失われてゆく過程の、その氷山の一角を垣間みているに過ぎない、ということか。何10万分の1の確率で訪れてしまった未曾有の大災害や大事故が背景としてあるにも関わらず、そこに端を発した選挙結果がかくあるということさえ、既に現実とバーチャルリアリティの境界を見失い、統御された情報の渦の中の多少ファジーな存在(=権力の予測可能な範疇の行動しか取れない存在)でしかなくなった私たち「市民」が、全世界で経験しはじめた、遺伝子レベルの改変を伴う世界の消滅の、端緒に過ぎないのだと…。

仮にウエルベックの寓話をボードリヤールの思想に繋げて、これこそが現実の予兆であると言い切ってしまうならば、どう考えても妄言にしかならない。
けれど、これは本当に単なる寓話と思想の偶然の一致であり、またその一致に魅せられてしまうことは妄想なのか?実はそこのところさえ良くわからなくなるほどに、世の中が混沌としてきたような気がする。既に、私たち自身の現実を見る眼が変わりつつあり、何かに慣らされつつあるのではないかと。
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# by akiyoshi0511 | 2012-12-21 03:04 | monologue

2012.12.15

久しぶりに短期間で本を買い漁った。先日の日記にも書いたカミュの「ペスト」や、トマス・ピンチョンの「ヴァインランド」(新訳)、それにミシェル・ウエルベックの「プラットフォーム」と「闘争領域の拡大」。加えて純粋に写真論の本でデイヴィッド・ベイドの「写真のキーコンセプト」。あとは近所の古本屋でオースターの未読の長編数冊にブコウスキーの短編集を一冊、そしてトーマス・マンの全集から「魔の山」上下巻(100円コーナーにあった)。だいたいそんなところだと思う。これだけ一息に揃えると、久しぶりに本で散財した感じがする。でも中古で取り寄せたものもあるので、金額はそうでもない。

まともな文学に現実を忘れて浸かっている時間というものは、僕にとって人生で最もまともな時間なのだけれど、30代に入ってから国内作家で読みたいと思えるものがまったく見つからず(写真論や美術論、あるいは全然面白いと思えないけどがんばって読むしかない東西の思想書を、背伸びして解読している間に、いつの間にか純文学も例の「J文学」もジャンルとして消滅していた上に、ケータイ小説とかライトノベルと言う名の、少なくともその一部は掃き溜めレベルとしか思えないジャンルが書店の国内文学コーナーを占拠していて、90年代末までにデビューしている作家を除けば、誰がまともな作家なのか全く分からなくなってしまった)、しばらく小説から遠ざかっていた。

春にフリーランスに戻って、初夏まで業務の体制づくりと写真家活動の方で忙しく、盛夏から晩秋は仕事がどんどん動いて、それらにひとまず全力で立ち向かうことに注力していた。また、その時期は北海道の最高のオンシーズンでもあったので、少しでも時間があればロケハンという名のピクニックや、夜釣りに出かけたりしていて、読書と言えば先ほど書いたように、がんばって一日数ページのペースで読み進める思想書の類いくらいだった(実際はもう少し読んでいると思う。たとえば思い付きで暇つぶしに川上未映子を買ってみて、好きになって一通りの著作を読んだりはした)。

11月、唐突に雪が降りはじめて、空いた時間も外に出ることが少なくなり、仕事の量もほどほどになってきたので、心身の調子(リズム)を取り戻すために酒を飲むようになり、目と頭が疲れるタイプの本ばかりではなく、小説もまた読みたいと思うようになったのだけど、読みたい作家が見当たらなかった。それでひとまず、以前から暇潰し的に読んでいたオースターの未読の本や新刊(「ブルックリン・フォリーズ」は内容も装丁も本当に愛おしいと思える素敵な本だった)、ウエルベックのマニアックな初期作品(最新作の「ある島の可能性」はこの10年で出色の長編小説だと思う。少なくとも僕の中では、これを超えるものに暫く出逢えそうにない)、そしてやっと以前から欲しかった、とりあえず退屈することはなく、しかもその長大さ故にしばらく読破できなさそうなトマス・ピンチョンに手を出した次第(この新訳シリーズの装丁が秀逸なのは言うまでもない)。トマス・ピンチョンは年末年始の楽しみとして取っておいたのだけど、有り難いことに今年も年末年始は駆け込みの案件などで休暇はなく、どうやら毎晩少しずつ読んで行くことになりそう。

購入した作家はほとんどが、既に何作かを読んだことのある既知の(あるいは全て既読の)作家だけれど、トマス・ピンチョンは実ははじめて触れる。僕は文学を体系的に学んできた訳ではないので、ピンチョンの作品が文学史のどのカテゴリに入るのか(ポストモダン文学の異端者ということくらいしか)分からず、どの程度の文学的価値があるのかも分からない。でもとにかく以前から、その文体や粗筋になんとなく惹かれていて、いつか時間ができたらしっかり読んでみようという意思だけは持っていた。この歳になると、もう文学的・歴史的価値がどうかなんて、ほとんど気にならなくなるというか、急に人生も折り返し地点という気がしていて、そんなことに捕われていないで読みたいものを読んでいこうじゃないか、という開き直りもある。ついでに言えば、僕にとって小説はもともと、映像演出や写真のための「資料」でもある。絵を描けない僕は、イメージを構築するために主に言葉(…と、謎の図面)を使う。だから、言葉が枯れ果てていると、映像仕事が進まない。

そんな具合で僕は「趣味半分、仕事半分」の読書に復帰した。大抵、一日の作業を終えて布団に潜り込んでから本を読むので、不眠からも少しは解放されるんじゃないか。それにこの年末年始も例年通り、(映像の)編集仕事が多いので、どうせほとんど部屋に軟禁状態なのだ。レンダリング時間という名のアイドリング時間を、少しは有効に、楽しく過ごす年末年始にしたい。
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# by akiyoshi0511 | 2012-12-15 22:13 | monologue

2012.12.13

国政は絶望的な状況で、仕事は相変わらず好機であると同時に崖っぷちで、公も個もあまりにも混沌としており、ほとんど判断がつかない。時々、大人の事情に否応なく飲み込まれて、相変わらず猫の額ほどの居場所を死守しているに過ぎない自分の立場を思い知らされたりもする。幸運な人を見ると、不幸に抗い続ける自分の脆さを痛感するものだ。

写真家の姿勢の話で、ふと友人が「世界を見るのがイヤだからファインダーの中に逃げ込むか、世界にしっかり目を向けつつファインダーの先にそれを見つけ出すか。」という両極の定義を挙げた。おそらく、今まではその両極で良かった。でも、これからはファインダーの中に逃げ込んでも否応なく社会情勢は入り込んでくるから、その拒絶/受容の力の質と量(まさに「力量」)も問われる。

写真に限らず、作家のコンセプトとして社会や政治思潮を見据え、洞察し、尚かつ純粋にそれ自体を題材化して表現を行うことは、とてつもなく難しい時局になってきた。インターネットの情報拡散と操作で、精査した論理の力が及ばない世界になってしまったから(蛇足だけれども、おそらく現在、もっとも権力側の情報操作に貢献しているメディアがtwitterだと思う)、もはや、テロ行為のように衝撃と賛否を呼び起こす際立った表現しか受容されなくなりつつある。
記憶に新しいものでは、震災発生直後の福島第一原発で監視カメラに向けてパフォーマンスを行った「指差し作業員」の例が思い起こされる。肯定か否定かを含め、人それぞれ解釈は異なると思うけれども、少なくともそれが自己自身を渦中に投じることで生じる「重み」に根ざした、いわば自爆テロのようなパフォーマンスだったことは疑いようもない。

映画監督の園子温の評価がこれまでにない程に上がってきているのは、彼が長年貫いてきた極端な斬り込み方に、社会情勢が追い付いてきたからだと思う。もはや彼は異端ではなく、もっとも真っ当な表現者に定義が変わりつつある。
僕は恐らく、後者の戦い方はもうしない、できないと言ってもいい。それは数年前のある時期から、僕自身の心身の状況が否応なく変わってしまったからだ。
だから、前者の姿勢のもとに、複雑に絡まった糸から信に能う一本のラインを手繰り寄せようと、四苦八苦しながらこれからも写真や映像を撮り続けることになると思う。

今週は、睡眠時間を削って2つの新作をあるコンペに送り込んだ。結果はさておき、作品は生まれたのだから無益なことではないだろう。間髪を入れず、年始の大きなコンペに、秋に撮影した枚数の多いシリーズを投入する。仕上げていないシリーズもあと一つ控えている。まずはそれらを全て出し切ってから、自分自身への審判を下したい。
思えば映像にせよ写真にせよ、これほど濃密に制作と向き合い、作品を量産した年は今までになかった。失策もあったとは思うけれど(出品会場に急ぐあまりオービスを光らせたりもしたし)、30代半ばに入っている自分に与えられた残り時間を痛感する中で、10の失敗の中に1の成功が含まれていれば、それでいいという考え方に必然的に変わった。仕事の映像も個人の取り組み同様、作品が一本でも多く世に出て、少しでも残って欲しい。

再検査になっていた血液検査に大きな異常はなかった。これはほとんど僥倖と言ってもいい。身体は(少なからず醜くはなったかもしれないけど)まだ大丈夫。思考も出来るし動くこともできる。投票もできるし、出品もできるし、仕事にも全力を注げるし、おまけに酒を飲んでも問題はないらしい。
朝に生まれ、午後には成熟し、夕方に老人となり、深夜に一度死に、翌朝生まれ変る。そういう日々の繰り返しを求めている。微かに脳裏に焼き付いたまま引き継がれるものは曖昧模糊とした記憶の情景や漠然とした想いだけであり、その記憶を個人の枠を越えて普遍化する力があるのなら、おそらく僕はまだ生きるべきではないか。
最初から疲れ果てている僕は、それでも次へと向かう意思を得る口実を考え続けるだろう。だから夜毎、酒を飲んで、写真を仕上げて、カミュとブコウスキーとトマス・ピンチョンを並行して読む。酒と本に深く潜る行為は、明日を迎えるために一度、自分を忘れ去る儀式のようなもの…。

ちなみにカミュの「ペスト」は10年振りに再度読んでいる。冒頭で主人公リウーの妻が街を出るのと入れ替わりに、ペストがその街で猛威を振るい始める。街に残ったリウーはそこから歩み始める。私情を埒外に置き、超然と善を貫くための準備ができているということだ。作者によって仕組まれた偶然が、主人公の善を裏から支えている。本当に良く出来た長編だと思う。重い題材でありながら、これほど安心して読める小説はそう多くはないんじゃないか。震災以後の世界で読むカミュは、少し違った趣がある。不条理の定義は、それが多くの人々の前に目の前の現実として立ち現れたとき、なにか別の性質のものに変わったのかもしれない。誤解を避けるために書いておくと、福島の現状とペストの悲劇の舞台を重ねて読んでいる訳ではなく、不条理と言うものに、個人的にあらためて惹かれて読んでいる。
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# by akiyoshi0511 | 2012-12-13 09:46 | monologue

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