5年前に見いだされていたもの

『地上の、都市や社会のいとなみから解放された映像が、どうしても必要となる。誰かのため、とか、何かとの相互作用、ではなく、もうそこできっぱりと終わりを告げる透明な一音。すべてから遠いところにある一瞬。ヘルツォークのようにそれがすべてだとは言わないが、それも必要であることは、確かだ。』

2005年の自分のブログに書かれた(当時制作中だった長篇映画のための)言葉。
あれから5年経ち、ウトナイのシリーズを展示している今、ふとこの言葉に再び光を当てたいと思い、引用する。

今回の展示で向かって左側の区分にある、空港付近の原野の枯木(こぼく)。それは5年前に別のかたちで、既に見いだされていたものでもあった。「そこでもうきっぱりと終わりを告げる透明な一音」。それはまさに、あの枯木が発した、一回性のアウラそのものだったのだ。
そこで獲得された一枚の写真なくして『Two Sanctuaries』というタイトルも、シリーズ全体のトーンもリズムも、得られなかったと思う。

・・・

最近になって、雪が溶けて久しぶりに大地が露になった撮影地を通りかかると、空港周辺の国道を走ると必ず目にすることができたはずのその枯木が、もう見当たらないことに気付いた。
おそらく冬の間の強風で頽れてしまったのだと思うが、出会いにも消滅にも、不思議な縁を感じる木だった。

あの日、夏の夕刻の光に導かれて立ち現れた深く強い存在感に、ふたたび巡り会う機会はもう「永遠にない」ということ。言い換えれば、僕の拙い写真の中に、それは確かに刻まれている。
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by akiyoshi0511 | 2010-03-26 06:41 | monologue

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