「尾道」と「七つの山」

「写真小誌」はもう何度読み返しているだろう。初めて読んだのは随分前だと思うが、折あるごとに読み返している。この本は、読み返す毎に新しい発見が得られる(発見というのは、読む毎にそこから何かを想起する…という意味で)。
最近、港千尋氏の「第三の目」を読んだことも手伝って、何度目かの通読をした。

レンガー・パッチュの「世界は美しい」というあまりにも力強い命題と(これはほとんど全体主義のスローガンにさえ聴こえる)、世界の意味を捩じ曲げる写真。あるいは匿名のアマチュアによる、絵画を模倣する「趣味の」写真。
それらは結局、現在まで写真の主軸であり続けている。また現在でも、所謂「プロの写真」のほとんどが、その範疇に含まれることも何ら変わっていない。これは、マルクスが予見した世界の変革が、結局のところ今だ訪れてはいないか、あるいは人類が既に、その変革の機を逸してしまったことの証左とも言えるかもしれない。
ボードリヤールが云い遺したように、弁証法的世界(あるいは弁証法的思考が通用する世界)は、既にテクノロジーの肥大化によるシステムの自動性に取り込まれてしまった。最後の最後にボードリヤールは別の概念を対置してこの世界を去ったが、未消化のまま提示されたと思わざるを得ない。

いずれにしても、それらの「絵はがき写真」にベンヤミンが対置した、アジェ、ブロースフェルト、ザンダーらの写真、そして、認識のための新たな言語としての写真を切り開くモホイ・ナジの果敢な実践や言葉は、この「写真小史」が発表された時代に留まらず、現在でも、今後においても永遠にアクチュアルなものだろう。
「写真小誌」の図録に飽き足らなくなり、手元にある、ザンダーの写真集(数年前に東京の企画展で買ったもの)をあらためて手に取って開く。すると、ザンダーの晩年の作品「七つの山」のシリーズの中に、ヴィム・ヴェンダースが尾道で写した写真と酷似する1ショットがあることに気づく。

なぜ、ここでヴェンダースなのだろうかと、少し考える。

ヴェンダースは東京のモードをテーマにしたドキュメンタリー「都市とモードのビデオノート」の作中において、山本耀司との対談でザンダーの写真集を引き合いに出していた。そこで言及されるのは(映画の主題に沿って)人々の顔貌や装いだったが、同時に、ザンダーが引用されることで、ヴェンダースと山本耀司がなぜ共鳴するのかを暗に裏付けてもいる。映画の中で、ザンダーが媒介となってヴェンダースと山本耀司は共に「時代と人間」を扱う作家として、地続きとなっている。

そして、ヴェンダースという監督は周知の通り、映画においてのみならず、ビデオドキュメンタリーにおいても、「(カメラで)見ることとは何か?」を追求する作家だ。「ベルリン天使の詩」や「夢の果てまでも」などの主要な劇映画においては、ストーリーテリングやキャメラ・ワークのなかでそれを主題とし、「東京画」「都市とモードのビデオノート」などのドキュメンタリーにおいては、自己言及的なモノローグを装置に、あるいはカメラそのものの「視点=人称」を考察し、映画フィルムのマチエールが内包する聖性を拠り所に「電子の視線」の是非を問うた。
また近年の傑作「ランド・オブ・プレンティ」は、その「電子の視線」の即応性が、時代のリアリティと見事に結びついた作品でもあった。
(ちなみに…ヴェンダースも度々言及してきた「デジタルかアナログか」という問いには永遠に答えが出ないだろう。代わりに、デジタルであれアナログであれ、それが本質的にアクチュアルかどうか?という問いを置くならば、ヴェンダースは常にそれに応えてきたと言える。また、前述の港氏の本でも、デジタルの是非についてそのようなアプローチがなされていたように思う。その本についてもまたいずれ書きたい)

そのヴェンダースが、尾道を8x10のフィルムで、静止画で記録(あるいは記憶)するとき、ザンダーの「七つの山」の視線が脳裏を過っていたとしても、何ら不思議はないように思う。あるいはヴェンダースはそれを承知の上でより積極的に、山上からの尾道の眺めにザンダーの取り組みを二重写しにしたのかもしれない。

儚いということは脆いということを意味しない。
儚くも失われてゆくことは、それが永遠即ち、記憶の領域に移行してゆくということだ。

ザンダーが記録した人や風景が(今でも新鮮であることが)その証左であり、それを辿るヴェンダースの眼差しも、同じ地平を見据えているのではないだろうか。



Akiyoshi Kitagawa on the web
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by akiyoshi0511 | 2010-08-24 14:59 | dialogue

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