memo

週末など一応の時間がある日は、必ず一度は猫と遊ぶ。動物の「間合い」を見て楽しむ時間だ。
例えば猫はリップスティックの筒を転がしておくと必ず突進してくるが、リップスティックの脇に僕の手があると、常にその手も意識して遊ぶ。少しでも手が動くと、ジャンプして身じろぎする。入院して怪我の治療をしていた期間が長かったから、まだ、人間の手に対して恐怖心が強いのかもしれない。しかし、手をだらんと伸ばして放置しておくと、今度は飛びついてきて指を噛んだり軽く叩いたりして戯れ始める。リップスティックと同じように獲物代わりかもしれないし、母猫のことを思い出しているのかもしれない。同じ人間の同じ手なのに、猫にとっては恐怖の対象になったり獲物になったり、母親代わりになったりする。
そして、僕の手が猫を撫でようとすると、やはり一気に後じさりして警戒を示す。意味がぶれるどころか、180°変わったり、意味が一回転して元の場所に戻ってきたりするのだ。

人間の心も、実は同じくらい断片的なものなんじゃないか。同じものを見ていても、あるいは同じ人を見ていても、その印象は常に揺れ動いている。人間の精神には理性や言葉など、意味の変動を逐次チェックする機構が備わっている。けれど、そういうチェック機構が及ばないところで、本能的に感じる意味の変化もある。
自分以外の外部の存在が醸し出す気配に対して、言葉で説明ができず、ただの気分でも動物的感でもなく、第六感とか霊感としか呼び得ないものを感じることがある。どこまで考えても言葉に還元できない、奇妙な印象の持続。見たことのあるものなのに突然、「これは一体なんだったのか?」と、与えられていたはずの対象の意味を喪失してしまうのである。

自分の子どもの顔を見ても一瞬名前を思い出せず、奇妙な一匹のいきものに見えてしまったことがあると、知り合いがいつか言っていた。その時彼女は、とても不安になったのだという。
そういう感覚の中に突然放り込まれると、わたしたちは何らかの意味の糸を手繰り寄せようと足掻く。しかし一度意味を喪失した意識は、元いた場所にたどり着くことはなく、新しい意味を見つける訳でもなく、あみだくじの回路を、何度も出発点を変えて彷徨い続けるだけなのだった。
どこから出発しても「それらしさに満ち溢れた場所」に辿り着くことはもうないのかもしれない。

人や事物の表皮を停止させ、定着させることができる写真と言う装置には、そのような意味の喪失を促す効果があるかもしれない。写真の象は真実と幻想や理想の境界に止まり、こちらを静かに見据えている。わたしは冷静になってその像を見る。
これは一体、誰の姿なのか。既に存在していない姿形を元に、自分の心の中でイメージを再生していたに過ぎないのではないか。
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by akiyoshi0511 | 2012-04-07 21:36 | monologue

映像作家・写真家 北川陽稔 http://www.akiyoshikitagawa.com/


by Akiyoshi Kitagawa

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