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 濃密な時間の気配。時間の痕跡という異次元を孕んだ生の空間。例えば古いカフェ、廃墟や古びた公共施設やホテル、暴力的なまでにそれを感じさせる工場群。「遡行的」なる場所は少しずつ失われてゆくし、私たち自身もまた、それらの空間とシンクロニシティを感じる力を失ってゆく。首都に来て寄る辺なき者となり、一番心地よいと思ったことはそういう空間に接点を持ち、同時にその意義を知り得たこと。それ故に、東京と縁を切れずに来たのである。愛すべき時間や場所が、たしかに私にもある。
 そしてそれらの空間も、私たちの肉体そのものもそろそろ実効力を失ってゆく。成熟せねばならない、という焦りは政治の要請だけではなく身体のやむを得ぬ要請でもある。
 人生の野蛮さにおののく少女あるいは少年は、元来その安全な世界から出たくはないのだ、即ち時間や時代との濃密なつながりを感じられる遡行的な空間(母のスカートの襞のあいだ)は、湿度と黴臭いにおいに包まれた首都の片隅にも偏在する。見放され破壊されながら、残されたそれらの場所はまだ確かに共通の息をしている(いるかホテル)。道々で偶然それらの空間に出会うとき、私たちは安堵を感じ、確かな言葉を紡ぐことができる。一歩先へ、認識の段階へ行きたいのなら、全てを失うことを辞さない覚悟でなくてはならない。哀切をもって語り合っても仕方がない。再び、野営地への旅がはじまる。少女あるいは少年は意味のはじまりに立ち、満たされた部屋を出て、憂鬱な面持ちで殉教の道(地雷を踏むか飢餓で果てるその時まで)を辿る。世界への愛情を殺しえぬままに、認識という抑えられぬ異物を携え、孤独な測量の旅を生きる。
by akiyoshi0511 | 2006-06-13 02:03