幾つかの新しく懐かしい回路

湿地帯
黄金色の泥に足が埋まってゆく。紅葉した落葉松の香りを嗅ぎながら、このままどこまでも深く、泥の中に沈んでしまえばどんなに楽だろうかと思う。しかし結局生きている以上、「巧く浮く」ことを考えはじめる。
来年はカヤックに乗るだろう。どのような人間も好んで訪れることはしないこの湿地をより深く知るために船を漕ぐ。

原野の鱒
滔々とした流れに毛針を流せばときとして虹色の鱒が現れる。うすい紫の鱗には傷ひとつなく、処女の肢体のように張った尾びれ。どんな女よりも美しいそれに魅せられるうちに、人間のことなど忘れてしまいそうだった。

民航機とF15
頭上を民航機が掠めるが、それはくぐもった柔らかい音。しかし時には、眼下の世界を嗤うようにけたたましい轟音を響かせて、F15が空を貫通してゆく。もしこの不快感がなければ、度々ここに通うこともなかっただろう。いずれにしても頭上の航空機はこの夏の自分にとって唯一の「現実」だった。

ジナーF
カメラというよりも暗箱であるそれを抱えて原野を歩いていたのは、夏の間、それも早朝と夕刻だけだった。秋になり大地が全的な美しさと生命の息吹に満たされると、完全にカメラを放棄し、樹々の匂いを嗅ぐことと鱒を追うことに「専念」してしまった。鱒や鹿や、未だ姿の見えない羆、それに渡り鳥…。そこに生きる他の生き物と自分はほとんど同じものだった。
ジナーで何を撮るかは定めたが、そのために時間を使うのが勿体ないと思えるほどに原野は過酷で美しかった。

河川工事
こちらに来て原野を歩き始め、撮影と釣りのためにたまたま自分が見定めた場所が「公共」事業で完膚なきまでに破壊された。遡上していた鮭が命を賭して作った産卵床は土嚢の下敷きとなり、残された彼等は白化した体で頼りなく流れを漂っていた。
それからというもの、晴れた日も雨の日もその場所に通い、釣りもせず、写真を撮るでもなく、何も言わず破壊工事の光景を眺めていた。ある日、工夫の男が話しかけて来たのでひとしきり話した。
数日後、そこには小さな仮設の魚道が設けられていた。工夫たちの姿はその後見ていない。

六ヶ所村
核廃棄物再処理施設、というひどく回りくどい表現や、プルサーマルという聞き慣れない言葉をこちらに来てから多く耳にするようになった。知人の伝手で3時間ほどのビデオ作品も観た。自分がそこに直接関わることはなさそうだが、荒野に佇む人々の姿には俄に共感を覚えた。
それはデレクジャーマンの晩年の住居を思わせた。ダンジェネスと、六ヶ所村の荒野と、ウトナイ原野。3つの場所では、少なくとも目に入るもののうちの空の領分が似通っている。

カフェ
冬が近づくと、郊外にある珈琲店に足繁く通うようになった。次第に人間の女性とも再び口を聞くようになった。札幌の南にある同じ店に何度も通い、今のところ話し相手は毎回違う。
夏の間に焼けた顔はもう、少しずつ元の色に戻りはじめたようだ。技術書や新書以外に開く本と言えば中平卓馬の「見続ける涯てに火が」と、サルトルの「嘔吐」。
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by akiyoshi0511 | 2007-11-03 01:12 | monologue

映像作家・写真家 北川陽稔 http://www.akiyoshikitagawa.com/


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