夜の飛行船

昨夜、仕事のあとのドライブで石狩湾の港に停泊する飛行船に遭遇しました。闇の中に光芒を放つその姿は、遠い事物や叶わぬ思いを想起させますが、少なくとも制作者としての自分はその光の呼び起こす感興に酔うではなく、もっと積極的かつ懐疑的であり続けるべきだなと感じたわけです。
「トニオ・クレーゲル」の文庫本をいつもバックに忍ばせていた25歳の映画青年も既に30歳を迎え、そろそろ世界と自己との距離を再定義している、というところかもしれません。そうでなくては、進歩がないということになってしまいます。

僕が10代だった頃、今回の秋葉原のような事件は想像はできても、少なくとも同世代の誰一人その行いに手放しで共感しませんでした。それが今や同世代の若者に共鳴すら許してしまう。ここまで人間の疎外感が顕在化され、かつそれが常識と化してしまった世界…そしてその疎外感とはまったく遠いところで(本当はこちらこそがバーチャルな事態なのですが)、戦争や紛争等、「大きな物語」が間断なく紡がれ続けてしまう救いようのない事態が、現実としてあります。
メディアの悪意も手伝い、ほとんど揺るぎないまでに組み上げられてしまった「個人」と「世界」との断絶。今やいかなる個人の言説も行動も情報の渦の中に吸収されてしまい、数量や時間の尺度さえ無意味化されています。一日で何千人が殺されたという事実と、何分で何人が殺されたという事実に、ほとんど実感の違いが見られない、というような感覚の麻痺が起きているように感じられます。しかし、そのように感じさせられている状態そのものに対し、本来私たちは懐疑的でなければならないのです。

地球に刻まれた巨きな傷と、己の体に刻まれた小さな傷を混同しないこと。そして同時に体に刻まれた小さな傷は、地球規模の悲しみへと繋がってもいるのだということ、その意識にこそ信じるに能うものが含まれているのだということを見失わずにいたいと思います。痛みの実感をなくして大きな尺度にばかり拘り出すと、人間は必ず、ある種の傲慢に突き動かされるようになります。反対に自己の傷にばかり拘泥すれば、秋葉原で無差別殺人を実行した青年のようになり兼ねないのです。

断絶や疎外を認めるのは容易いですが、その感触に閉じこもるのではなく、他者や世界との対話を求める姿勢というのは失わずにいるべきと考えます。それは社会の要請や自己の社会性について考える以前の、人間として必要な最少の良心です。

・・・

来週は自室にこもって新しいプロジェクトの準備と、連絡作業に追われそうです。たまたまですが数日前、疎遠になっていた映画関係の友人からも連絡があって、よほどそれが(友として)嬉しかったのか、夢の中で夜行電車で東京に向かおうとしていました。いろいろなものに愛情を感じながら生きる姿勢を、久しぶりに思い出した気がし、他者に愛おしさを喚起させる力を持つその友人は、それだけでこの世に存在する価値があるように感じました。
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by akiyoshi0511 | 2008-06-14 13:11 | dialogue

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