カテゴリ:dialogue( 55 )

川・魚・筏


初夢の一幕は、雪の薄らと積もる源流の森で、樹々にイルミネーションをともして友人たちと眺めている、というものでした。
年の暮れにおじゃましたアトリエのパーティが、イメージの源泉でしょう。

森を熱気のような霊魂が飛び交い、霊魂に自分の背中を小突かれて、そこで夢は終わり。
背中は、目覚めてもしばらく疼いていました。

美々川の源泉から湿原を経て勇払原野に至り、静かに拡散し果てる流れ。
これは人生そのものや、今の自分の凝集された、かつ長期的な仕事の組み立てに似ている気がします。

人は一本の川であり、川に泳ぐ魚であり、川を下る筏でもある。
終焉の一点へと向かう動きのなかに、様々な視点がクロスオーヴァーして、自分というひとつの宇宙を形作っているのだと、ふとそんなことも考えます。

悠々と構え、一分一秒も無駄にしない。
…今年は、そういう姿勢で行こうと思います。
同じ姿や、同じ心情というのは、実は一瞬たりともないのだから。

ひとまず、5月11日の30歳の終わりの瞬間までを、一区切りと思ってがんばって行きたいと思います。

本年も宜しくお願いいたします。
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by akiyoshi0511 | 2009-01-06 03:47 | dialogue

水戸です

滞在5日目。撮影最終日は再び快晴で、現場にはもう自分一人です。

今回は映像とスチール両方あって、1日目は特機もありの比較的大掛かりな撮影を少人数でこなし、2日目はスチールのサブをやりながらビデオ素材撮り。
3日目と今日は自分でビデオを持って演出しながらの撮影…と、それなりのボリューム感でした。
まずはこの機会を与えてくださった方々に、心から感謝したいと思います。

・・・

東京に戻ったら、府中の米軍基地跡を歩きたいと思っています。
(そんな時間があればの話ですが)
秋晴れの空に映える基地の大アンテナ…ちょうど8ミリカメラでその撮影をしている頃、9.11が起きました。
目の前の陰惨な廃墟と繁茂する蔦と、遥か遠くで起きた歴史のターニングポイントとなる事件…自分自身の動きを含めたいろいろな事象がシンクロニシティのもとにあると、当時は感じていた気がします。

・・・

さて最終日、行ってきます。
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by akiyoshi0511 | 2008-09-12 09:32 | dialogue

Rachmaninov

神保町の古い喫茶店で、ウトナイのシリーズのための序文を書き起こしていると、ラフマニノフのピアノコンチェルトがジャズピアノで流れていた。原曲のフレーズが分からない程くだけた演奏ながら、時折それと分かる優美で伸びやかなモチーフが耳に飛び込んでくる。他ならぬこの曲が、夏を前にやや足踏みしていた自分の背中を、力強く原野に押し出してくれたのだ。
ひとしきり夏の撮影を終えて、そのシリーズのための序文を書いている今、再びこの曲が聴けたことは幸福な偶然だった。

現状でもプリントは40枚程になりそうだ。「memeNT」にはその序文と、10枚ほどの主立った写真を紹介するつもりでいる。このシリーズは最終的に全倍プリント80枚位のボリュームになる見込みであり、来年の展示を最終の目標にしている。

このウトナイのシリーズをはじめ、ウェブマガジンのための原稿もある程度蓄積してきた。そこにはメンバー各人の、進行中のシリーズを紹介するページを設けている。他のメンバーも今、蓼科の別宅に籠ったり、都内で仕事に追われながら、それぞれの写真のための言葉を書き起こしている。
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by akiyoshi0511 | 2008-08-27 10:33 | dialogue

夏の夜

2日間、のべ15時間くらいミーティング。その後、新宿に出て未現像フィルムをラボに送った。北海道を出る2日前に撮影した、夏のウトナイ最後の10ロール。

日暮れの驟雨で先刻までの暑さは和らいでいた。晩夏の空気と一ヶ月振りの新宿の喧噪は心地よく、VAの仲間と夕食を食べて別れてから、しばらくどこへ向かうでもなく街を歩いていた。

蒲田に戻りVAのU氏と各々の写真を批評し合う。北海道の撮影から戻ったばかりのせいか、彼の捉える首都外縁の光景が新鮮に、かつ非常にアクチュアルな情景に感じられた。彼の目にもやはり、僕のフィールドは鮮烈なものに映っただろう。鋭角的でもそうでなくとも、どちらでも良いのだが、少なくともVAの写真表現の原動力であり本質は、対象とのある種の摩擦や衝突による発熱と放熱であり、その姿勢は十全に共有しているように思えた。

VAのウェブマガジン「memeNT」の立ち上げまで既にそれほど時間的猶予はなく、各自の仕事もそれなりの段階に来ている。
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by akiyoshi0511 | 2008-08-22 11:06 | dialogue

撮影してます

先週は天候が安定していたので、のべ4日間、車中泊でウトナイ周辺に滞在して撮影を繰り返した。4日間でブローニーフィルム20数ロール、250枚余を撮影。撮影枚数を抑えることは自分にとって重要命題のひとつだが、今回はこれが必要最低限度の枚数と言える。

土曜日は別のシリーズのために、札幌市北東部を流れるS川と、石狩川周辺を撮影。大判を8枚、こちらは成果のほどはともかく、撮影後、薄暮のなか悠々と河畔の草原を走る馬を眺めたり、傷ついた鳶(とんび)を見知らぬ人たちとともに助けたり(鳶は動物病院へ搬送された)、北海道らしい時間だった。

月曜、昨日のフィルムを出しがてら現像上がりのブローニーフィルムを受取りに行こうかと思ったが、仕上がりは明日だった。いよいよウトナイ撮影の「本番」第一段が上がってくるが、技術面を含めて諸処の心配はある。言い換えれば、操作の面倒な古めかしいハッセルで、ポジフィルムでの撮影をこれだけ集中的に繰り返すと、嫌が応にも状況対応能力は向上してゆく。自分の限界をじりじりと押し広げている感覚が、確かにあるのだった。

月曜午後は再び千歳に入り、空港直下のP川の撮影。先月まで数度に渡り、体長2メートルの羆が目撃されているとの情報があったので、釣具店で熊よけの鈴とホイッスルを買う。1カットおきにホイッスルを鳴らしながら、数ロールを撮影。数百匹の羽虫の群れに追われて断念した滑走路の再終端は、もう一度行って撮影せねばならないだろう。
とにかく、この一年で目ぼしをつけたものは全て納得のいく状況で撮りきるまで、繰り返し歩く。そのための一年だったし、この夏を逃せば、もうこれを仕上げる機会はないだろう。

・・・

帰宅後、VAのホームページを整理。ギャラリーページに映像作品を載せました。
http://www.visual-activist.com/
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by akiyoshi0511 | 2008-08-12 10:54 | dialogue

【Visual Activist N43】 サイト公開


http://www.visual-activist.com/

上記サイトギャラリーページにて、数枚ですが新作の一部も公開しています。
ぜひ一度ご覧ください。

北川 陽稔
ak@visual-activist.com
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by akiyoshi0511 | 2008-08-04 10:45 | dialogue

VJ&VA

昨夜は五反田でイベントに出演、phenomena/f のライブ映像を担当していました。

毎回、彼らの目の覚めるような音像には感動を覚えます。ポエジー溢れる旋律&ボイスと、圧倒的な爆発力を持つ音色やエフェクトが交互に繰り出されるパフォーマンスは、映像をやっている当の自分から見ても圧巻、という感じです。

彼らのライブへの参加も3度目になり、当初からのアプローチはある程度完成してきたので、次回は少し趣向を変えてみようか、などと考えています。

・・・

一方で件の「Visual Activist」の方も本格始動が近づいており、札幌に戻り次第、仮設サイトの詰め作業を行います。今のところ商業制作的な動きが先回りしていますが、その他の活動もそろそろアウトプットを始めたいと思っています。

・・・

明日か明後日、天候を見つつ札幌に戻りますが、飛行機がウトナイ上空に差し掛かったところから、夏の撮影が本格的に始まります。
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by akiyoshi0511 | 2008-07-20 11:29 | dialogue

Two Sanctuaries

テスト段階ではあるものの、勇払原野での撮影をはじめました。最終のプリントを考えてネガフィルムを使うべきか否か、まだ悩んでいるし、作品全体の向かう先も、今のところ不鮮明ではありますが。

これまでに何度か書いてきたように、このチトセ・ウトナイ地区の街区や原野は、自分にとって特別な場所なのです。おそらくこの国でもっとも殺風景な場所のひとつですが、ここには自分にとって必要なものが、ひとしきり揃っているように思えます。

それだけのことかもしれませんが、仮にそれだけであったとしても、現在の自分が繰り返し赴くとこが出来、尚かつ信じるに能う被写体(場所)は、ここの他にそれほど多くあるわけではない。ですから、まずはなにかが見えはじめるまで撮影を重ねます。
撮り始める前からコンセプトを持つのではなく、いくつかの手懸りをもとに、撮影を続ける中から明確なものを導き出して行くというやり方は、昨年から続けている都市部の撮影と同じアプローチです。

タルコフスキー映画の風景に酷似した原野。しかしここには「ストーカー」の世界のような未知の希望もなければ、ロシア的な、人間についての問答もありません。人が立ち入ることのない湿地や原生林があり、その原野を取り囲むようにして、閑散とした工業団地や、新興住宅地が広がっています。

しかし突出した要素がないわけでもありません。この地区ではふたつの聖域が隣り合っています。ひとつは野鳥たちの営巣地であり、もうひとつは日本の保有する軍隊の駐屯地です。片や地球のための聖域であり、片や日本国家のための立ち入り禁止区域です。

原野のただ中で出会う白鳥は丁度良い撮影の伴侶です。一方の、耳を劈くF15の轟音も、あるいは「必要不可欠なもの」のひとつと言えるのかもしれません。ただのユートピア的風景ではなく、ただならぬ状況におかれた瀬戸際の風景として、この場所はあります。
そして、今はその是非を問うのではなく、ただこの状況に繰り返し身を置いてみたいと考えています。

8月、仕事の合間を縫って集中的に撮影を行うことになるでしょう。

・・・

今週末は再び東京滞在となります。
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by akiyoshi0511 | 2008-07-17 08:24 | dialogue

Visual Activities

今週は2本の映像仕事と6件の写真の現場という、やや非現実的な日程をこなしています。

さて、標題の名称の話ですが、あたらに自己の基幹となる集団を運営してゆくことになりました。
前の団体を離脱を決めた時点ではなにも予定していなかったけれど、それを機に錘が落ちたように感覚が開かれ、必要な手続きをすらすらと思い描けた次第です。映画専業からの転業を経て2年余、気付けば、バラバラと掻き集めてきた写真分野の業務経験も作品も、一応の量と質に至っており、また自己の方向性も再び明確になってきたのでしょう。

そこで早急に(商業的な)成功を収めるとか、そういう類いの趣旨ではないかもしれませんが、少なくとも制作という営為の根本における姿勢を共有できる人々と、長期的な視野に立って共に行動してゆける枠組みにはなると思います。単独行動ではそれと名付けえない問題意識を、ひとつの組織に象徴として盛り込み活動を促進する、というものであり、クライアントが想定される作業においても、グループで取り組むことでクオリティを上げられることでしょう。既に実質的な1本目の仕事が走っていますが、想定以上の効果でもあります。所謂ユニットとしての分業、これは久しぶりでもあり、懐かしくも新鮮です。

今回の立ち上げにあたり、声を掛けさせていただいた諸氏のほぼ全員が違和感なく参加を快諾してくれたことに、まずは本当に感謝したいと思います。近年何となく行動をともにしてきた人、フォトグラファー仲間、映画制作の仲間、参加メンバーの繋がりは様々であり、自分を起点に考えれば繋がりの集約の場でもあるという感じです。ここまで重ねた時間において、あるいは交わしてきた言葉において、真に信頼し合える人々が集いました。

クリエイターというのは、作品なり発言なりを社会の某かの側面に位置づけてはじめてクリエイターと呼ばれます。自分も紆余曲折しながら既に10年に渡り、さまざまな仕事や作品制作に関わってきましたが、業務と私的な制作活動の両面の経験をすべて注ぎ込み、あらたに方向付けられた今後に活かしたいと思っています。

上記プロジェクトのホームページは現在参加デザイナーとの共同作業で準備中。
アップ次第ここで告知致します。
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by akiyoshi0511 | 2008-06-26 10:12 | dialogue

夜の飛行船

昨夜、仕事のあとのドライブで石狩湾の港に停泊する飛行船に遭遇しました。闇の中に光芒を放つその姿は、遠い事物や叶わぬ思いを想起させますが、少なくとも制作者としての自分はその光の呼び起こす感興に酔うではなく、もっと積極的かつ懐疑的であり続けるべきだなと感じたわけです。
「トニオ・クレーゲル」の文庫本をいつもバックに忍ばせていた25歳の映画青年も既に30歳を迎え、そろそろ世界と自己との距離を再定義している、というところかもしれません。そうでなくては、進歩がないということになってしまいます。

僕が10代だった頃、今回の秋葉原のような事件は想像はできても、少なくとも同世代の誰一人その行いに手放しで共感しませんでした。それが今や同世代の若者に共鳴すら許してしまう。ここまで人間の疎外感が顕在化され、かつそれが常識と化してしまった世界…そしてその疎外感とはまったく遠いところで(本当はこちらこそがバーチャルな事態なのですが)、戦争や紛争等、「大きな物語」が間断なく紡がれ続けてしまう救いようのない事態が、現実としてあります。
メディアの悪意も手伝い、ほとんど揺るぎないまでに組み上げられてしまった「個人」と「世界」との断絶。今やいかなる個人の言説も行動も情報の渦の中に吸収されてしまい、数量や時間の尺度さえ無意味化されています。一日で何千人が殺されたという事実と、何分で何人が殺されたという事実に、ほとんど実感の違いが見られない、というような感覚の麻痺が起きているように感じられます。しかし、そのように感じさせられている状態そのものに対し、本来私たちは懐疑的でなければならないのです。

地球に刻まれた巨きな傷と、己の体に刻まれた小さな傷を混同しないこと。そして同時に体に刻まれた小さな傷は、地球規模の悲しみへと繋がってもいるのだということ、その意識にこそ信じるに能うものが含まれているのだということを見失わずにいたいと思います。痛みの実感をなくして大きな尺度にばかり拘り出すと、人間は必ず、ある種の傲慢に突き動かされるようになります。反対に自己の傷にばかり拘泥すれば、秋葉原で無差別殺人を実行した青年のようになり兼ねないのです。

断絶や疎外を認めるのは容易いですが、その感触に閉じこもるのではなく、他者や世界との対話を求める姿勢というのは失わずにいるべきと考えます。それは社会の要請や自己の社会性について考える以前の、人間として必要な最少の良心です。

・・・

来週は自室にこもって新しいプロジェクトの準備と、連絡作業に追われそうです。たまたまですが数日前、疎遠になっていた映画関係の友人からも連絡があって、よほどそれが(友として)嬉しかったのか、夢の中で夜行電車で東京に向かおうとしていました。いろいろなものに愛情を感じながら生きる姿勢を、久しぶりに思い出した気がし、他者に愛おしさを喚起させる力を持つその友人は、それだけでこの世に存在する価値があるように感じました。
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by akiyoshi0511 | 2008-06-14 13:11 | dialogue

北川陽稔のブログ http://www.akiyoshikitagawa.com/


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