カテゴリ:monologue( 100 )

ボードリヤール再び

深夜の札幌の地下鉄で、ボードリヤールの「なぜ、すべてがすでに消滅しなかったのか」を再読しながら帰宅。

付箋部分を集中的に読み返すと、今でも自分がこのテキストの影響下にあると、改めて感じる。
「annoski」の起案時(実作に入る前の企画段階)にも、少なからずここから手掛かりを得た。

そして、こぎれいな地方都市で、空席だらけの深夜の地下鉄に揺られながら久しぶりに読むボードリヤールは、また少し印象が違う。
悲壮感が薄らぎ、言葉が鋭利な刃物のよう。
[PR]
by akiyoshi0511 | 2012-01-18 02:39 | monologue

Unknown Memory #0

7年前に撮影途中で制作を断念した映画の脚本を下地に、新しい作品のプランを考えている。

ひとつのコンセプトの元に、段階的に写真・映画・パフォーマンス(あるいはインスタレーション)の3つの取り組みを進める予定で、ボードリヤールの晩年のテクスト(「パスワード」「消滅の技法」)や、ウエルベックの小説など、ここ数年で少しずつ自分の中に取り入れてきた情報も参照しながら、然るべき映像を模索している。
まずはいつも通り、写真から着手する。

その写真の内容はまだ手探りで、「annoski」の時もそうであったように、今は幾つかのフォーマットでテスト撮影を試みている段階。
(もちろん、今回は光のある時間帯に撮っている。)

それにしても、映画というワードが自分の中で動き出したのは、本当に久しぶり。
中座した作品を再開するという意図も含まれているこの取り組みだけれど、一週間ほど前に最初のコンセプト・ノートが出来上がったとき、過去を引き摺る自分の「業」のようなものは一切感じることはなかった。

これが、ある種の重力の先に見出した軽さなら、恐らくは正解。
そうではないなら、作品が完成しようがしまいが結果は不正解ということになる。
また、コンセプト・ノートでは見えないことが作品の本質であり実体。実際に撮りながら、いい方向に逸脱して行くことに期待をかけていく。
今回はスナップ・ショットの要素も作品に含まれるので、できるだけ頻度を上げて、とにかく撮る。

「annoski」の場合も、この逸脱がシリーズの#4で見られなければ、シリーズとしてまとめ上げることはできなかったと思う。


Akiyoshi Kitagawa on the web
http://www.visual-activist.com/akiyoshikitagawa

[PR]
by akiyoshi0511 | 2011-11-17 07:36 | monologue

展示のお知らせ

10月に東京で2件の展示を行います。
上京日程はまだ未確定なので後日お知らせしますが、少なくともアーティスト・トークの日(15日)と新世紀の受賞作家公開レビュー時(29日)は会場に入ります。

●Akiyoshi Kitagawa Photo Exhibition「annoski #01 "tuie-pira"」
日時:10月4日(火)〜10月16日(日)
  (期間中の月曜は休館)
会場:Gallery Cosmos
   http://gallerycosmos.com/main/
   東京都目黒区下目黒3-1-22谷本ビル3階
   JR山手線目黒駅西口より徒歩10分
アーティスト・トーク(写真を語る会)
 日時:2011年10月15日(土)17時〜(予定)

●写真新世紀 東京展 2011
日時:10月29日(土)~11月20日(日)10:00~18:00
   (期間中の月曜は休館)
会場:東京都写真美術館 地下1F 展示室
   http://www.syabi.com/
   東京都目黒区三田1-13-3(恵比寿ガーデンプレイス内)
   TEL 03-3280-0099
   JR恵比寿駅東口より徒歩約7分
受賞作家公開レビュー
 日時:2011年10月29日(土)14:00~17:00 同会場にて


Akiyoshi Kitagawa on the web
http://www.visual-activist.com/akiyoshikitagawa
[PR]
by akiyoshi0511 | 2011-09-10 05:58 | monologue

台風一過

昨日の朝、部屋が浸水してしまうのではないかというほど近所の川が増水した。
思わず、作品のネガと二台のMacBookをバッグに入れて職場へと向かう。

台風が過ぎてみると、もうすっかり秋の空気。
部屋を漂っているガガンボの脚を素早くつまんで外に逃がす、という夏の営みもそろそろ終わり。
[PR]
by akiyoshi0511 | 2011-09-08 00:44 | monologue

「五分後の世界」

村上龍はほとんど読まなかった。読まない理由は特にないので時々古本屋で手にすることはあるのだけど、どうしてか買うには至らないことが多かった。辛うじて読んだことがあるのは「フィジーの小人」「音楽の海岸」あたり。それも発売当時、高校生くらいの頃。

最近、ミシェル・ウエルベックというフランスの小説家の本を何冊か読んで、終末論的というか、サイバーパンクの果てにある世界のようなものに久しぶりに傾倒していて(要は、現実逃避の想いが臨界点まで来てるということなんだろうけど)、その流れで、今になって「五分後の世界」とその続編を読んだ。

続編はともかく「五分後〜」の方は予想外にとても引き込まれた。今となっては別段設定が斬新な訳でもないし、文体もあまり好みではないし、登場人物に感情移入できるものでもない。けれど、どうしたことか惹き付けられる。
昔なら逐一、その理由を考えてみたとも思う、でも最近はそんなことを考える気は起きない。
ただ、楽しいなら流し込んでみればいいと言う程度の療養行為としての読書。

「五分後の世界」「ヒュウガ・ウィルス」と数夜で読み切って、今は「半島を出よ」上巻。
あまり小説ばかり読み続けると生活に支障を来すので、少しずつ読んでいる。
[PR]
by akiyoshi0511 | 2011-09-01 23:30 | monologue

写真の内と外の闇の共鳴

これまで何ら違和感も疎外感も持たずに生活していた人々でさえ、否応なく、生と死という「彼岸と此岸」の双方に意識を向ける。
言い換えれば、此岸のみに目を向け、金儲けと享楽の追求だけが求められてきた高度経済成長以後の数十年は、そもそも人間にとって異常な精神状態であり、その異常さを影で支えてきたもののひとつが、原子力産業ということでもある。

原子炉がメルトダウンし、生と死のグレイゾーンが現実として立ち現れた時、私たちはやっと享楽の支配(強迫観念)から醒めたのだろうか。
あまりにも過酷な状況だが、これはある種の目覚めのプロセスでもあるのかもしれない。生き残った(あるいは、今のところ生きている)私たちには、相応の試練と、社会の見直しが求められてゆく。

二年前から僕は、闇の写真を、それも完全な闇ではなく薄暮の闇を撮り続けている。これは、白昼のもとにある全包囲的な現実が、闇の訪れとともに、わたしたちの文明以前の記憶を想起させる別の次元へと移ろう、その「眠り=目覚め」を記録する試みだ。
必然的な流れで、昨年の秋にはそのシリーズの中で泊原発も被写体にしているが、現在の状況を見ていると、まるで自分が写真を通して描いてきた黙示録が、現実のものとして立ち現れているかのようにも感じられる。

光の終わりと、闇の始まり。
過剰なネオンが消え去った区々、この淡い薄暮のような闇の訪れは、わたしたちが畏怖や敬いの心を取り戻す契機となるのだろうか。
それともわたしたちは、これほどの出来事を経験しながらも自省することさえ放棄し、人間それ自体の終末に向かってさらに歩みを進めるのか。

そして、やはり自分は、「状況全体を視る」しかないのだと痛感する。災害直後から自分にできることを考えたが、それはカメラを持って現地に赴くことではなく、カメラを放棄して現地に支援に出向くことでもないのだと感じた。どちらも、僕の身に余る行為という気がした。
せめてもの具体的な救援のアクションとして、余力のない生活ではあるが、ひと月の間募金活動を続けた。

現在の状況や、来るべき世界の在り方を、適切な言葉で物語ることのできる人は、この世界に自分以外にたくさんいるだろう。
拙い言葉で世界のビジョンを物語るよりも、昨年から続けて来たこのシリーズ、「誰のものでもない場所」を闇の力を借りて描き出す行為を、差し当たり継続すべきと思っている。

また、『写真家として』この災害へのリアクションを何か行う、ということは、今のところ考えていない。あるいは数年後には取材に赴くかもしれない。けれど、少なくとも僕の撮影行為は、時局に対するリアクションとして何かを行うには向いていないと思っているし、ましてそれを善行として位置づけることなど、断じてできない。それは、作品それ自体のためにもできないことだ、と思う。

昨日、午前中の校務を終えてから、職場を抜け出して何人かの先達のスタジオやお世話になっているプロラボを回った。ただただ、信に能う人たちと対話がしたかった。
今の自分があり、世界の今があるが、周囲の人々は今なにを考えているのだろうか、という思いが明確にあった訳ではないれれど、おそらくはそれもあったのだろう。
考える時間などという贅沢なものは失ってしまったが、僕は辛うじて作品制作を継続しながら、自分が、そして世界が立ち入りつつあるこの「真実の闇」を己の目と肌で感じてはいるようだ。そして、それを再び写真のネガに還元する、あらたな技法を探しはじめている。


Akiyoshi Kitagawa on the web
http://www.visual-activist.com/akiyoshikitagawa
[PR]
by akiyoshi0511 | 2011-05-07 10:50 | monologue

過酷な旅の途上にあるとき、感傷は癒しでもあるが、同時に歩みをも止めてしまう

昨日の夕方は恵庭近郊で撮影した。20分露光。無事に写っていれば今年度二枚目のネガ。やはり快晴の日の薄暮は色がいい。

今日は雨なので午前中は布団の中で読書。久しぶりに読む日本の小説は読みやすくて時間を忘れる。そして一気に読み終えた後で、楽しんでいる間に自分自身は相応の時間を失っていることに気づく。感覚が剥き出しのまま取り残されて落ち着かない。
日常生活にふと立ち現れる感覚と、小説の中で物語られる感性の共鳴。本来はそれが読書の醍醐味で、もっとも幸福な時間でもあったのだけれど、いつの頃からかこの共鳴は少々つらいものになってしまった。理由を考えたくはないけれど。

それにしても、好きな読書に時間を割けるのは事実上GWと年末年始だけという、今の仕事の辛さ…久しぶりに未読の本が3冊以上たまってしまった。


Akiyoshi Kitagawa on the web
http://www.visual-activist.com/akiyoshikitagawa
[PR]
by akiyoshi0511 | 2011-05-04 13:57 | monologue

夕闇の撮影を再開する

土曜日に今年の撮影を始めた。
薄暮の中、30分かけてネガを一枚露光。この積み重ねだ。

昨年のように一カ所に集中的に通うことはできなくなくので、別のアプローチで、同じ結論に至るようなプロセスを試している。遅かれ早かれこのやり方に切り替えるつもりでいたこともあり、とくに問題はなさそうだった。

一方でこの連休、上記の撮影も含めてやらねばならない作業は山ほどあるのに、会いたい人がたくさんいたはずなのに、仕事上の悩みを引き摺ってしまい、すっかり心が硬直している。

気分転換ではなく、根本から気持ちを転換せねばならないと思う。
間違いなく追いつめられた状況だが、光を見出せるか。

朝から青山監督の「EUREKA」のラストを観た。
[PR]
by akiyoshi0511 | 2011-05-02 09:58 | monologue

4.10の呟き

1
やはり石原都政があと4年続く…。変わらない日本、変わらない東京、変わらない利権構造。過酷な現実。 無論、道知事も変わらない。北海道にとってかつてないほどに大切な時期にも関わらず、中央の右へ倣えの道政が続く。結局、民意なんてものに力は与えられておらず、私たちは耐えるしかないようだ。

2
むしろ、この国家が自壊に向かっていることそのものが、民族の深層の意思なのかもしれない。10代の頃、いつか日本人は土地も民族も棄てて世界中へ散り散りになるのではないかと朧げに思っていたけれど、今の時代を見るとそう遠くない未来に、それが実現してしまいそうな気がする。

3
石原氏の当選会見なんて全くもって見たくない訳です。そういうものに憤慨するのはもはや体力の無駄だと思うので、今後のことをもっとシビアに考えたいなと。例え非現実的であっても、いつか起こるべくして起こるであろう国家の崩壊以後の生活に思いを巡らす方が、多少は前向きに思える。

4
自分が今属していて、離脱することもできない北海道の未来に関して現実的に考えれば、残された希望はやはり「農とIT」なのだと思う。健康を維持する農と、社会や経済を形成するIT。北海道ならば良いバランスでできるのではないか。あとはガタリも言うように、人の心を維持するための芸術も重要。

5
久しぶりに言葉を垂れ流してしまったけれど、これらの言葉は社会的な批判やビジョンなどではなく、あくまで個人の恨み言であったり、妄想じみた希望でしかない。文字通りの聴き手なきつぶやき。所詮は、変革のための行動が叶わない者の言葉だから。

6
今から仮眠して、3時に起きたら仕事再開予定。選挙に絶望しようが何だろうが、容赦なく怒濤の一週間が動き出す。曲がりなりにも人様の未来を預かっている以上、社会を先読みする前にやらねばならないことが目の前に山ほどある。


※twitterから転載。中略あり/推敲なし。
[PR]
by akiyoshi0511 | 2011-04-10 22:28 | monologue

書籍購入

金曜の午後から土曜にかけてオフ、ということにした。
支笏湖休暇村で一泊して、翌日は芸術の森で森山大道の展示を見て、帰途、コーチャンフォー(大型書店)に立ち寄る。
1月は雪崩のようなスケジュールで本を買いに行く時間もなかった。

スティーブン・ショアーの「写真の本質」、中川真「サウンドアートのトポス」、ミシェル・ウェルベック「ある島の可能性」。三冊でぴったり1万円。
きれいに二ヶ月分の書籍代を消費して帰宅。


Akiyoshi Kitagawa on the web
http://www.visual-activist.com/akiyoshikitagawa

[PR]
by akiyoshi0511 | 2011-02-13 15:55 | monologue

北川陽稔のブログ http://www.akiyoshikitagawa.com/


by akiyoshi0511

プロフィールを見る
画像一覧

以前の記事

2016年 04月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 10月
2015年 03月
2015年 01月
2014年 12月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 07月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 01月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 01月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 09月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月

カテゴリ

全体
dialogue
monologue
old text
information
sketch book

検索

その他のジャンル

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

画像一覧