カテゴリ:monologue( 100 )

底の力

「底力」という言葉がある。
前向きな時にも、窮状においても使う不思議な言葉。
いま感じているのは前者のような「自己の奥底の力」ではなく、「(自己の陥った)底の世界から湧き上がる力」。
如何ともし難い状況があるからこそ、無駄なものもまたなく、心身の疲れとは無関係に、集中力は途切れない。

10年くらい前に笙野頼子の短編小説で「底の世界」というフレーズを目にして、それが印象に残っていた。笙野氏の間断なく繰り出される言葉は、まさに「底の世界から湧き上がる力」そのものの結晶のように感じられた。
20代前半でフリーランスで生きていた自分はその言葉に、不思議とたゆたうような心地よい感覚を覚えた。そして、今また同じ言葉から力を得ている。けれど、この感覚は以前とは少し違うなと思う。

兎にも角にもそれは、プリントの画面にも現れてくるものらしい。


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by akiyoshi0511 | 2011-02-07 01:56 | monologue

磨りガラス

磨りガラスの窓に映る色が藍色から一気に水色へ。
冬の朝は色の変化が劇的で、またそれを、磨りガラス越しに見ているからこそ美しい。

冠布を被ってピントグラスに映る仄かな「光の名残」を捉えている時の、あの感覚と似ている。
いや寧ろ、ピントグラスの中のものを、この視野に近づけようとしている。

シリーズの撮影を再開しよう。


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by akiyoshi0511 | 2011-02-03 07:01 | monologue

未知のカメラ

年末年始はいつも以上に制作物に追われる…というのは例年のことなので慣れているが、今年はとくにやることが多くて、年が明けてからの一週間はほぼカンヅメ状態で、昼夜もなく作業をしていた。
年賀状の用意はしたものの宛名書きをする時間が遂に捻出できず、結局年始のご挨拶もメールに代えて、ほとんどPCに向かいっぱなしだった。昨夜でひとまずその状態から開放されたが、3月末までは同じような状況が断続的に訪れることになっている。

休暇返上で取り組んだ甲斐あって、今回で3年目になるアース・ビジョンの告知映像のラフは何とか仕上がり、3月のパフォーマンスに向けた映像のプログラムもある程度のところまで作成。同じく3月の写真展の展示プランも大まかなところは決まった。

それで制作物の方は少し目処が立ったが、今度は授業が始まるので明日から数週間は日夜、その準備に追われる。
近現代の写真論、映画論を辿る講義はあと2回ほどで、最終回を迎える。ここまでの情報はもっとも重要なものだが、同時にあくまで基礎や素養レベルのもの。春からは実制作にどんどん取り組みながら、現代映画ならではの新しい話法や、CMやミュージックビデオ等の撮影・編集のハイテクニックを学ぶ段階に移行する。

それとは別に進めてきた撮影・編集技術の講義は、映像構成のための基礎論をあと数回で何とか伝えきらねばならない。特に編集論は実習形式でなければ、教える側にとっても教えられる側にとっても正直退屈なものだが、基礎的なノウハウを知っているのと知らないのとでは、その後が大きく変わる可能性がある。
構成を組むにも、ディテールを詰める際にも、基礎論を知っていればトライ・アンド・エラーの回数が圧倒的に減るからだ。

仕事は苦労を伴いつつも楽しいが、少々不安があるのは体調の方。一昨年あたりから断続的に出ている症状が昨年末からまた悪化してきたので、今回ばかりは覚悟を決めて、初めて内視鏡検査を受けてみることにした。
日々学び、考え倦ねてきたカメラの視線、モノを見る視線が、突然自分のからだの中に向けられると思うと何だか不思議な気がする。自分の体内というものは現実に存在しているにも関わらず、視覚的に感知できないという意味では現実の裏側にある領域でもあり、ほとんど無意識の夢と同じようなものかもしれない。自分自身の預かり知れぬ領域で何かが起こっていて、おそるおそるそこに目を向ける。これは文字通りの意味で、「生き残るためのセルフ・ポートレート」だろうか。
そして、そこには本来見えないものを視ようとする視線の欲求も多少は見出すことができる。仮にもしも自分が医療技術に精通していたなら、X線写真や内視鏡を使ってなにか作品を作っているかもしれない。アナログのレントゲン写真も、考えてみればれっきとした写真装置ではある。そして今、自己の「内部の現実」と向き合うことができるのは、フィルムカメラなどではなく超小型のCCDだ。デジタルで明るみにされる自己の体内。それは観念も、曖昧さも介在する余地のない文字通りの現実…のような気がする。

それで何か妙なものが見つかるにしても見つからないにしても、いずれにしてもそろそろ自分は「引き算」の時間軸を生きる年頃に入ったことを実感している。一日/一時間/一分を無駄にせず、また時には、時間を慈しむような感覚も大切にしたいと思う。


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by akiyoshi0511 | 2011-01-11 16:15 | monologue

大晦日

天気が良いので、散歩がてら近所の神社に暮れの挨拶(僕らはそこを猫神社と呼んでいる)。そのまま市内の大型書店に足を伸ばして、今年最後の本を買う。選んだのは北野圭介「映像論序説」と、ゲルハルト・リヒター「写真論/絵画論」。

店を出ると既に日暮れが近づいている。藻岩山の向こうには残照が輝き、白と柔らかい橙色と水色が混ざり合って美しい。目の前の薄暮の青い視界から、遠くに臨む淡い暖色。まるで氷の惑星に住んでいて、そこから光に満ちた遠い星を眺めているかのようだった。

今年もあっという間の一年間だった。何よりもまず、映像上映や写真の展示がこれまでになく多かった。映像に関しては小規模のイベント等も含めれば、通算20回くらいは上映の機会があった。シアターキノ、苫小牧サンガーデン、そして北大クラークシアターなど、自分にとっては重要な場での上映や講演も何度かあった。写真の方でも通算6回の個展・グループ展の他、多くの人が訪れる場で展示や講演を行わせて頂き、撮影ワークショップの機会も何度か頂いた。
それぞれの場を与えてくださった方々には、心から御礼を申し上げたいと思う。

写真の新作の制作も順調に進み、その作品が東川の写真フェスティバルでギャラリー関係者の目に止まり、来春の東京の初個展が決まった。展示プランはほぼ固まったので、1月後半にはいよいよプリント作業に入る。
年始には東京の映画祭のオープニング映像制作が控えている。この仕事ではこれまでのモーショングラフィックのプロセスを一度全て棄て、全く別のやり方でタイムラインの構成を行っている。手探りで学んできた新しい技術を、はじめて作品と言う形に織り上げる。また、そのプロセスを応用して新作の映像パフォーマンスを3月に予定している。

1月中旬から再び学校の授業が動くので、一日の大部分はその仕事に費やされてゆくだろう。一年の気合いを入れる意味でも、歳が明けたらすぐに一本、新しいプログラムを組もう。


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by akiyoshi0511 | 2010-12-31 18:43 | monologue

usu-nupri / hemoi-tomari

年内最後のフィルム現像が届いたので、早速スキャンする。今回は10月から11月中旬に撮影したシートフィルム4枚。一回の撮影で作れるネガは物理的に最大二枚。
この非効率性(心身の現在地点と撮影行為の不一致)と、非即時性(生活時間と露光時間の最大限の段差)もまた、欠かす事の出来ない要素なのだ、と思う。
自分の心身の状況と無関係に、レンズは巨視的な時間と向き会っている。撮影者はただただ、視界が暗転するまでの30分を(蚊と戦い、熊の気配に畏れながら)、ただただ待っているだけ。

有珠山のシリーズは、来年度もこのまま撮り続けるか、今の枚数で見切りをつけるか悩むところ。シリーズを構成する上でのパーツは揃っているが、単体のシリーズで考えると、もう少し続けたいなという思いもある。

そして泊村のシリーズは、同じシリーズのこれまでのロケーションと大きく趣が異なる画像に仕上がっている。そもそもシチュエーションが海辺であること。また、周囲が開けていることで、日没〜全闇までの色合いの変化が山間部とは異なり、より青系に傾いたネガに仕上がってくるのだが、理由はどうもそれだけではなさそうだ。

波打ち際の切り立った岩壁を写した写真も、水面の向こうに三機の原子炉を臨む一枚も、画面には独特の静けさと、物々しさが漂っている。被写体それ自体の印象は、これまでの3つのシチュエーション(遺棄された採石場/地蔵の並ぶ里山/活火山の山麓)に比して、曖昧なものが多いはずなのだが、写真としては、なぜか一枚の印象がとても強い。
映っているものが不可解であることが画面に奥行きを与えているのかもしれないし、それ以上の何かが、そこで再現されているのかもしれない。

いずれにしてもこれで、#1〜#4で30枚程度の展示を構成できるまでには至った。

3月22日から目黒のギャラリーコスモスで個展が決まったので、その展示には、このシリーズの#1(前述の採石場)から15枚程度を、全倍くらいの比較的大判のプリントで展示する予定でいる。


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by akiyoshi0511 | 2010-12-25 22:37 | monologue

近況と試作

10月、学校の常勤業務に加えて4件の作品上映とそれに伴うパネル展、そしてフジフォトの企画展参加をこなし、11月は学校行事に向けて新しい機材のセットアップに追われつつ、合間を縫うように洞爺と泊の撮影も一回ずつクリア。
今日は約2ヶ月振りの全休。

次の週末は月末〆切のコンペ出品用のプリント作業が控えているので、また休めそうもない。
以後は来春の東京の個展準備。また、先月東京の友人から送られてきた音響素材とコラボレーションするヴィジュアルを現在制作中で、これは年内にサンプルを上げる予定で動いている。然るべき形が見えたら、どこかでライブ形式で発表することになるのかもしれない。
先月から、この種の作業(デジタル系の生成映像)が自分のなかで大きなウェイトを占めている。

もしもボードリヤールのテクストと向き合っていなかったら、このように再びデジタルツールによる制作と向き合うことはなかっただろう。

ボードリヤールはなぜ晩年に、ネガフィルムに拘ったか?
それは、デジタルの重さを欠いたイメージの氾濫への抵抗であり、果てはデジタルというシステムが世界を席巻すること、それ自体への警告であり、抵抗であったはず。
そのテクストを脳裏でリフレインさせながら、僕は今年「annoski(アンノシキ)」というタイトルの、薄暗がりをネガフィルムの長時間露光でトレースするシリーズの制作を続けてきた。
この作業は写真を媒体としていながら、「複製/複写」であると同時にある種の「生成」としての感覚も併せ持っていた。なぜならそれは、眼前の光景が徐々に光を失い、最後には完全な闇に閉ざされる時間の流れを体感するものであり、言い換えれば、肉眼ではもはや認識できない微細な光が失われてゆく過程を、フィルムに刻印してゆくような作業だったからだ。

前述のボードリヤールの末期の言葉と、このシリーズのプロセスが、デジタルの側からのイメージの生成の仕組みをもう一度理解し、改めて使いこなすということへと繋がって行ったように思う。

もっとも重要なことはどちらも「ある部分から先が偶発的」であるということ。
コンセプトを定めてデジタル言語の偶発性をコントロールすることは、事前に定めたフレームに基づいて、暗がりの中でフィルムに露光を行うことと、どこかで繋がっているように思う。

それはもしかしたら、モンタージュに依らずに世界を叙述する、新しい言語を模索する試みなのかもしれない。映像編集の新しい形とも言えそうだが、「編集=固定化されたタイムライン」と言う定義そのものからも、逸脱したものとなるだろう。
コンピュータのシステムを介したランダムな叙述によって、「構成=意図」の壁を乗り越えること…実験が成功するか否かはさておき、冬の間は撮影に代わって、この作業に注力したいと思っている。


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by akiyoshi0511 | 2010-11-23 21:54 | monologue

「ウスヌプリ」撮影、学校での上映、そして恵庭の夜空

連休は洞爺湖にキャンプを張り、1977年の有珠山噴火の痕跡を辿っていた。
夜のシリーズの「#3」の撮影が目的だが、まだまだ入り口しか見る(撮る)ことができておらず、年内にあと数回は通う予定。シリーズの1から3をこの晩秋までに揃えたい。

お盆明けの昨日は植苗小中学校の教職員の方々を前に「森と水の庭ウトナイ」の上映を行い、短時間だが談話もさせていただいた。
来週は同校の小中学生を対象に上映会を催していただくことになっており、その打合せを兼ねた試写。本番の人数は100名以上になるかもしれない。
子どもたちにこの取り組みの本質を伝える、簡潔で力強い言葉を考えなくては。

帰途、恵庭の造形作家T氏のアトリエに寄って夕食をご馳走になり(これが毎度、本当に美味で、身体の奥底から活力が湧くような食事)、そこに下宿する北大の院生と10月の上映会の打合せ。
こちらは知る人ぞ知る作品「地球交響曲」との同時上映で、一般の人々も入場可能な数百名規模の上映会になるそうだ。それほど多くの方に一時に観てもらう機会はなかなかないと思うので、覚悟をあらたにする。
同会場で写真の展示も行うことになった。

打合せを終えて23時、恵庭の夜空を見上げると怖いほど濃密な星空が広がっていた。


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by akiyoshi0511 | 2010-08-18 21:31 | monologue

歯を3本抜く

午前10時に歯医者で抜歯。
緊張とは裏腹に呆気なく終わったものの、それでも歯医者が苦手で5年ほど虫歯を放置してきた自分にとっては大変な出来事だった。
3本抜いて、うち2本は親知らずだったので、実質失った永久歯は1本。抜いたのは3本なのに、喪失感は1本というのも妙な感じがする。
いずれにしても奥歯を一気に3本も抜いたのだから、三半規管にもなにか影響があるに違いない…と、医学的な根拠もなしに、何となく思っている。

痛み止めも順調に効いていて、午後の仕事はいつもの5倍くらいのペースで進んだ。
天気が安定したので夕方はMR山の撮影。いつものように、夜陰のはじまりの1枚のみ。

そのMR山の麓にある北海道でもっとも大きな神社と、今日初めて向き合った。
出雲の神のもとにこの島を「北海道」と名付け、日本人が所有することを明確に規定した場所。
あまりにも重い意味を担うこの場所は、陳腐な批判の眼差しなど軽々と撥ね除けてしまう。

それは入念に手入れされた空間の佇まいや、彫り込まれた「君が代」の文言の力によるものではなく、夕暮れ時にも途切れることなく参拝に訪れる人々の思いによるものかもしれない。そういう人々の思いを僕は理解できないが、かと言って反感を持つこともない。

北海道に生を受けることと、北海道の外のものを信仰することが微妙な具合で結びついている。信仰の根源を否定すれば己の生の由来も立ち消え、己の生を肯定すれば、信仰に加担することになってしまう。
個人の感情で向き合えるものではないし、かと言って、向き合えないから仕方がないという風に片付けてしまうこともできない問題。
世界中に同じような問題が溢れていて、他ならぬ自分自身もその種の矛盾を、望むと望まざるとに関わらず抱え込んで生まれてきたはずなのだが、あまりにもその認識がない。
「皆さんは、先住民の人々を虐げて北海道を手に入れたご先祖様のお陰で、今こうして生きていられるのです」という教育を受けたことも、もちろんない。
近代の歴史の時間の奥に、もっと多くの盛衰があるのもまた事実。縄文文化の時代にも、オホーツク人の時代にも、ヒト同士の争いは絶えることがなかっただろう。見つめるべきは寄せては返す波のような時間の流れであって、個々の民族同士の問題ではないのかもしれない。

ただ、近代化(西欧への同調)というものを倭人がこの場所に持ち込んだのは事実である。つまり私たちの祖先が、終わりへと向かう時間のスイッチを「ON」に換え、私たち自身もそれを加速させている。
その「加速」の象徴として、幾多の開発による自然環境の破壊や、泊の原子力発電所や、過剰な自衛隊の基地があり、しかもそれらは私たち自身の生活の維持とも密接に結びついている。つまり、何を言おうと、何をやろうと絶対に逃げられない仕組みがある。それはもう完全に個人の意思とは無関係なところにセットアップされており、あるいはひとつの国が自国の国民のために判断できる領域をも越えてしまっている。
時間と「システム」だけが、ただただオートマティックに、終わりへと向かって突き進んでゆく。

当初、この場所で仕上げる写真は1枚のみの予定だった。けれど予定を変えて、少し日数をかけて5枚から7枚ほど仕上げることにした。
神道に限らず一切の信心を今後も持つつもりはないが、この場に感心を持ち、しばし時間をかけて視線を手向けるのは必要なことなのかもしれない。
ここで生まれた者だからそうするのではなく、それだけの重みを持つ場所だから、少なくとも「アイロニーのための一枚」で終わらせるべきではない…という気がしている。


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by akiyoshi0511 | 2010-07-26 22:37 | monologue

クレジオとサルガドのサハラ

北海道とは思えないほどのうだるような暑さと、まるで梅雨のようなじめじめした日が入れ替わり訪れる。
映画祭が終わってからも相変わらず忙しく、作品の制作期限も迫っていて、日を追うごとに胃の奥に嫌な感じが広がってゆくのを感じる。

眠る前に開く本は相変わらずクレジオの「砂漠」。疲れていると読書のペースは遅い。無理にペースを上げるとイメージが意識からすり抜けてしまうので、ペースを落してでも丁寧に読むように心がけている。

物語の中で描かれているサハラの情景が少しずつ馴染んでくるにつれて、自分が、どこかで見た誰かの写真のイメージを参照しながらその小説の世界に浸っていることに気づき、ふと考える。
その源泉となっていたのはセバスチャン・サルガドの写真だった。彼の写真がアフリカやサハラの人々の生活を題材にしていたことは微かに記憶にあったけれど、改めて調べてみると、「砂漠」で物語の主体として描かれているサハラの民・ベルベル族も、サルガドの被写体となっていた。

クレジオがテキストで織り上げるサハラのイメージ(それは写真の連続性と映画の持続性を兼ね備えた、類い稀な描写力によって齎されるもの)。そしてサルガドの、まるで宗教画のような、時として過剰とも思えるほどの絵画的写真(その姿勢に賛否両論あるにせよ、高次の写真表現であることは間違いない)。
クレジオのエクリチュールには時間の変遷や、持続する意識の流れがあり、サルガドの写真には静止した瞬間から広がる永遠性と永続性がある。

双方の表現は意識の違う角度から、ともに強い普遍性と浸透力をもって、旅を知らない僕の中に、ゆっくりと世界のイメージを築き上げてゆく。


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by akiyoshi0511 | 2010-07-18 13:51 | monologue

「#2」 撮影開始

新作の撮影を再開した。MR山の撮影は、やはり先のIS山との光線条件の違いや、季節の変化に悩まされている。撮影をはじめてまだ2回なので、それほど焦る必要もないのだろうが、時間が限られていることも確か。
続くMW山が、観光道路の工事の関係で予定していた撮影ができなくなったことも焦りの遠因となっているが、今はひとまずMW山のことは考えず、「本来のMW山」であるMR山の撮影のことを考えよう。
先日の撮影後に道を間違えてしまい焦ったが、市街地の片隅にある山であり、羆の心配もないので、夏の今は多少無理をして迷うことになっても大きな事故には至らないはず。

この「闇のシリーズ」においては、ぶれても良い要素と、ぶれるとまずい要素がある。ひとまず札幌市周辺で先住民の文化と倭人の文化(あるいは近代文明)の衝突が見られた場所であれば、ロケーションの選定とその撮影順序は柔軟に考えてもいい。
しかしその分、一度撮影をはじめた場所については視点を明確にした上でひとまず単一のシリーズとして集中して取り組み、各シリーズごとに単独の発表に耐え得るものにしなければならない。
このシリーズの本質を複数のNo.から抽出するかたちで提示できるのは、最低でも3〜5カ所のロケーションを撮り終えてからとなる。

映画祭を終え、制作仕事も再開したので、平日のうち3日間は9時から5時まで仕事、5時頃から入山という妙に規則正しい生活が始まっている。
それ以外の2日間はこれまで通りイレギュラーとなるが、ほぼ毎日、時間を作って撮影には赴く。

・・・

休憩時間に、クレジオの「砂漠」を読み始めた。映画祭直前に買って読むのを楽しみにしていて、まだ一度もページを開いていなかった。
冒頭の数ページを読んでみて、やはり一気に引き込まれた。中期以降のクレジオの情景描写はなぜこんなにも想像力に富み、力強いのだろう。おそらくその理由は文章の成熟だけではなく、灼熱の場所への、そして砂漠の民への激情とも言うべきものがそこに込められているからではないか。
クレジオのように、西欧の文脈を冷徹に見据え、西欧と異なる文化に正当な愛情や激情を注げる精神を身につけるのは簡単なことではない。文化への「愛情」という意味では、もしかしたらレヴィ・ストロースよりも遥かに暖かみのある思想がそこにはあるのかもしれない。

差異を見定めた上で、クレオールな文化を標榜すること。それは、宿命と経験と知性のすべてが備わっていなくてはなし得ないことなのだろう。だからこそ僕はクレジオの作品に関しては、心を開いて「受け手」となることができる。
「偶然」や「アンゴリ・マーラ」で開かれた回路は、少なくとも僕にとっては生涯信じるに能うものなのだ。そういう風に読ませてくれる(現代の)作家は実は少ないのではないか。
それは僕にはもちろん不可能な視線だ。だからこそ、せめてこの日本に生きながら(生き存えながら)、「自国」と言う陳腐な枠組みを超越した次元へとアクセスする視線をいつか(写真で)実現したい、と思っている。
最近までそれは到底不可能な視線だと思っていた(日本の近代以後を掘り起こす限りにおいて、西欧を追従した喜劇性が常に付きまとうと思っていた)…が、北海道に戻って3年が経った今、そうは思っていない。それは未だ完全な形では実現せずとも、決して不可能な視線ではないのだと。

少なくともこの北海道には、日本以外の文化の痕跡がある。大地に刻まれた痕跡や名前を手掛かりに、「写真特有のなにか」を用いて、原初の時間を蘇らせるためのコードを導き出すことができないだろうか。
もちろんそれは、必ずしも北海道だけで行われるものではないのだが、少なくとも自分はこの場所に縛られる身であるということは、必然的にそういうことであり、手掛かりが眼前にある以上、無理にそれ以上の自由を求める必要もないと思っている。
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by akiyoshi0511 | 2010-07-06 01:58 | monologue

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