2005.12.5

土日は例によってペンキと珪藻土に塗れて作業。改装はまだまだ終わりそうもない。来週中には何とかしたい、というか何とかしないと…。

11月初旬に撮影したモデルさんのプリントが上がってきた。デジタルメインで人物撮影、というのははじめての挑戦だったが、プリントをきちんとラボに依頼することでなかなか実用に耐え得るものになるのだな、と結構満足できた。今後、こういう取り組みはデジタルと中盤を組み合わせることが多くなりそうだ。一方作品としての取り組みでランドスケープを扱う場合には、RZ67の110ミリ/F2.8というのは今のところ代用フォーマットが見つからない。デジタルはテスト撮影用、という感じか。

ふと電話があって、12月末納品の仕事がもう一本動き出してしまった。有り難いと思いつつも、どうやら年の暮れまでバタバタになりそうな予感。生活の整理をしないとまた関係者に迷惑をかけてしまいそうなので、そろそろ現実的な対処が必要。
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# by akiyoshi0511 | 2005-12-05 20:47

2005.11.30

 昨夜からやっと、脚本に手を入れ始めた。細部を流用しながらも設定や大枠は全く違うものになる、という作業。また途方もない調整が続くのか、どうか。4年を越える時間をかけての取り組みとなってしまった以上、伝えたいと考えるすべての人に伝わるように、かつ本質的な訴求力は損なわないように、と注意深く考える。プロットは依然曖昧模糊としており、今までの情報と、あたらしい情報を黙々と繰り返し整理しながら、全てが地続きに感じられる瞬間を待つのみ。

 待つ、という行為は、ある種の綿密な情報蒐集のうえに成り立っている。その煮えたぎる知の渦のなかにフト現れる空洞のようなもの(HEUREKA)が訪れるのを待つ、ということであり、決してボンヤリするということではないと、嘗て学生に言って聞かせてた自分が、再びその地点から出直している。

 来夏の鉱山撮影のために、群馬の山奥に家具付きの部屋を借りた。これも件の映画助成の一環として無料で借りることができた。映画の重要なシーン、そしてもうひとつの取り組みのために、その部屋を活用することになる。
 (部屋にはなぜか、2段ベッドが据え付けられている)
 
 何であれ、ここから先は焦らず楽しみながら進めてゆくつもり。言うのも恥ずかしいが、本当に自分をぎりぎりまで追い詰めた数年間だった。じわりじわりと追い詰められてゆくのを感じ、破綻を覚悟で突きすすんでついに本当に破綻するというのはそう何度も経験したくはない。結局当初の、そして2度目の期限さえ過ぎてしまったのであるが、それでもまだわずかな機会が与えられているということにひとまず感謝したい。

 さすがに短編を海外映画祭で発表してからもう2年近く経っており(完成時から考えれば3年以上)、活動を継続する意味でも長篇製作にばかり囚われていられないので、来年は上記の別の小品を何らかのかたちで、発表したいと思う。映画ではないにせよ映像を扱ったものになることは確か。

・・・

 本当に、ひとりの人間にできることなんて僅かなんだと思う。真の非凡さとはなにか知ってしまった時点で、己は凡夫であることも同時に痛感するものだが、非凡さを知ってしまった凡夫ほど面倒な人生はないなと、つくづく思う。同時代と19世紀ロマン主義を敢えて同時に摂取し、古いメルセデスに乗って、トヨタの国粋主義をきちんと指摘する、というような姿勢が今のところ個人として(あくまで美的レベルの態度だが)しっくりくる。

 トヨタもそうだが、武士道精神だの滅私奉公(右左を問わず個人の解体ほど危険なものはない)だのという、あり得ない言葉(言葉そのものではなくそれを悪用するような言い回し)が水面下で息を吹き返している。規制緩和と言って営利活動は保障されながら、市民生活においては小さなところから規制と検閲が日増しに強くなっていくのに、国民は一向に意に介さないというような奇妙な状況。そして戦地ボランティアの不幸を自己責任と言ってのけ、国家営利に背いた人間を罵倒する首相に、いとも簡単に靡く国民。
 この状況のどこが「平和」と言えるのだろう。
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# by akiyoshi0511 | 2005-11-30 20:45

2005.11.24

 先週末、相模湖からの荷物の半分をワンボックスに詰め込んで調布に搬入し、続けて小金井の荷物も運んだ。土曜の深夜から、先週以来の風邪が悪化してしまい翌日は一日吐き続けた。嘔吐を伴う風邪なんて幼年期以来だったので、かなり憔悴。
 新居はまだ改装途中。先週末は倒れて某君に作業を任せきりにしてしまったので、祝日は自分ひとりで塗装の続きを行った。まだ全体の行程の半分に満たないけれど、これで少なくともイニシエーションの儀式は済んだ、と。今週末、どこまで進められるだろう。
 この5年ほど部屋の護符のような役目を担っている、カスパーハウザーの肖像(といってもただの古いカレンダー)をぶら下げ、電気屋で緑色の電球を買ってきて部屋に吊るした。まるで夜の水族館にひとりでいるような気分になり、やっと多少は自分の居場所という感じがしてくる(これが気休めになるというのもあまり健全とは言えないんだろうが)

 数日前、携帯番号しか知らない社名も明かされていない車検業者から連絡があった。車を引き渡してから2週間連絡が途絶え、ロシアのにわか成金のセカンドカーにでもなったかと思って半ば諦めていたが、どうやら裏ルートではなく調整の上普通に手続きしてくれているようだ。12月上旬には公道復帰できることになりそう。

 昨日、某所で映画の出演者さんと偶然お会いした。音楽監督同様、自分の作品への出演を承諾してもらえただけでも有り難いようなキャリアの方だ。中断と今後の手続きの旨をお話ししたところ、撮影はいつになってもいいよ、とおっしゃってくれて、その上とても励みになる一言をいただけた、出資者を募る旨を伝えたところ、なんと小口出資を約束してくれた。最初の個人出資者が出演俳優というのは、恥ずかしいと同時にまこと恐縮な話なのだが、心底嬉しかった。これで2件の小口出資と助成が決まったことになる。一刻も早くプロモ版を仕上げ、態勢を立て直して、来年中には本撮影を行いたい…。

 今朝、ミスタードーナッツに寄ってコーヒーを飲みながら、昨年の冬、坂戸に友人を訪ねて車で出掛けた時のことを思い出していた。高麗川の透明で刺すように冷たい水に手を浸した感覚、風景や空気、帰りに立ち寄ったミスドの間延びした雰囲気が渾然一体となって印象に残っている。本当はそんな、なんでもない時間がいちばん愛おしい。再びそんな時間をじっくりと生きることができるなら、差し出せるものがあれば何だって差し出すだろうし、いかなる努力も惜しまないだろう。確固たる個としてゆるやかに都市をさまようこと。浅ましい小競り合いや衝突や、下らないゴシップとは永遠に距離を置いて、上部構造と戦いながら生きていられればいいのにと、思う。再びそういう贅沢な生活を送れるのは、いつになるのだろう。

 通勤電車が京王線に戻ったので読書は文庫本が中心に。結局当面は『ブッテンブローグ家の人々』で過ごすことになりそう。上巻の半ばあたりから初期のマンらしい諧謔にあふれた人物描写や段差のある展開が多くなり、物語に弾みがつきはじめる。『ブッテンブローグ〜』にしても『魔の山』にしても、普通の方法では映画化不可能と思われる途方もない情報量にも関わらず、そのまま長篇映画に適用し得るような呼吸を感じるから不思議だ。
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# by akiyoshi0511 | 2005-11-24 20:43

2005.11.18

 東小金井暮らしも実質今日が最後。いつものごとく中央線車内で読書する。しばらく中断していた『「パサージュ論」熟読玩味』の残り3分の1を読み進めた。著者も言うように『パサージュ論』の全文中でもっとも難解な一節といえる章句からの引用部分である。本文を通して言われている『アルカイック』なもの、つまり『遡行的』なものの、簡潔な定義が短い章句のなかにあり、確かに鉛筆で線を引きながら仔細に読み砕かないと理解できないほどの難文。が、意味が自分のなかで反芻され始めるとまるで清水を飲み下したかのように内側からの実感も生まれる。自分が体感を伴って咀嚼できるぎりぎりの領域はこのあたりなんだろう。べンヤミンに限らず、これより抽象性の高い(あるいは相対性を放棄した)詩句は未だ、戯れにしか過ぎないと思えてしまう。その辺が自分の資質の限界なのかもしれないと感じつつ、どこに辿り着くやもしれず、それでも精進しかない。あくまで後天的資質を生きる自分には、今のところ悟性がせめてもの頼りなんだから。

 さておき、やっと心身が元に戻りつつあると実感する。となりの座席ではどこかの私設文芸講座か学校の講師らしき老人が、受講生の提出原稿に赤入れをしていた。『信長は…』という一節が目に入ったので、恐らく時代もの小説なんだろう。断続的に激しく揺れる中央線車内で、老人は万年筆でまったくブレのない見事な文字をサラサラと書き綴っていた。すごい。

 野良猫哲学者に戻ろう。調布の路地裏で、自分が世話をしなくなってから右目をなくしてしまった猫の『アト』に再会できるだろうか。過去に立ち戻りつつ、全く新しい判断をしたのだから、これは繰り返すこととは少し違うと自分に言い聞かせるしかない。
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# by akiyoshi0511 | 2005-11-18 20:42

2005.11.15

 繰り返される徹夜で遂に体をこわし、仕事を一件落としてしまった。プレビュー状態まで進めて仕事自体がダメになるというのは7年この種の仕事をしてきて初めての経験だった。自分の数10時間の労働が無に帰したのはさておき、関係者諸氏に迷惑をおかけしてしまい、反省。
 それもあって、10月以降の諸処の経験は、自分が今後100%責任をもって(つまり確たるモチべーションをもって)取り組める作業は何だろうと考えなおす契機になった。

 明るいニュースもあって、とある一般企業の若者応援企画(?)に自分の取り組み中の映画が選ばれた。金額的には全体の僅かにしかならないものの、少なくともある種の励みにはなった。長篇映画を始めて以来、もうダメかと思うと何かしらの救いの手や延命策が差し伸べられるということの繰り返しだが、なぜかギリギリのタイミングで自ら掛け金をつり上げていたりするから困りもの。前の流れでやってれば、これで完成も見えただろうが、既に別の方法にシフトしてしまっているので、これでゴールまでボールが届く、というものでもないのだった。届けば良いというものではなくなった、とも言える。

 差し当たり年内は体力的に無理をしなくても良さそうなので、新しい作業場の準備を進めつつ、途中になっている脚本と、プレゼンのための資料を仕上げてしまいたい。
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# by akiyoshi0511 | 2005-11-15 20:39

2005.11.7

 先週の木曜あたりから殆ど寝ずに稼働していたような気がする。木曜深夜〜金曜までは所属会社の仕事でかなり慌ただしく動きまわり、21時頃に事務所を出てそのまま八王子へ移動、3DCGの担当者と打ち合わせをして、朝方相模湖の部屋で仮眠。土曜午前に小金井まで戻り、CG仕事の仕込みとスチール仕事のロケ準備。発電機の手配で友人のレンジローバーを駆り出し、多摩センターへ。晩秋の多摩ニュータウンはいつも以上に、郷愁を絵に描いたような情景。

 深夜0時、モデルさん、スタイリストさんとヘアメイクさん、それに3名の協力スタッフ等を伴って軽井沢まで出発した。朝、現地に着き、天候が崩れるのを懸念しつつ撮影開始。寒さと長時間移動等、スタッフ諸氏にかなり苦労を強いてしまったが、この時期のこの場所にしかない空気感や、色感を捉えられたとは思う。
 昼過ぎには予報通り雨が降り出したので、相模湖まで再び大移動して室内で追加の撮影を行った。21時頃に全ての撮影を終えて、スタッフ諸氏を都内まで送り、調布に戻った。それから諸処の後処理をして、小金井へ帰宅したのは午前4時過ぎだった。プレビューファイルのチェックをしてどれを現像&レタッチに掛けるか考えていて、そのまま眠ってしまう。
 数日の強行軍で再発した腰の激痛に気付いたのは、朝目が覚めてから。取りあえず注射で痛みを誤摩化しつつ、また動き始める。今週末はCG仕事の仕上げを行う予定。仕事的にはここが年内の山場(たぶん…)だけに、何とか乗り越えたい。 

 その後は来年の準備。やっと、映画の再開を視野に入れた動きに入ることができる。作業場に常駐&適宜アシストするスタッフができることで、幾らからはスムーズに作業を進められるだろう。完成の目処は立たないが、取り組みの再開の目処が立つだけでも精神的には大きい。
 ヴェンダースも、ゴダールも、世紀序盤の混乱を作品として形にした。公開が重なったのはおそらく、すぐに行動を開始した両者でさえ、ここまでのタイムラグは避けられなかったということだろう。しかし二人の唯一無二の監督はそれぞれのやり方で、訴求力の是非こそあるものの姿勢を明らかにし、実際に行動出来たわけだ。
 自分はこの数年、たったひとつの作品への取り組みを通して『その瞬間』への言及を標榜し、形にすべく努力し続けていた。反戦ブームや選挙報道を横目に直接参加を避け、歴史や映画について手探りで学びながら、長篇映画作品にその検証の成果を賭けていた。前にも書いたが、もしも今年の撮影が成功していればこの取り組みは必要な時勢ぎりぎりのところに間に合ったかもしれないが、今から再始動するとなると、取り組み自体の焦点を変えねばならないのは必至。ただしそれはあくまで世界とのバランスの問題であり、時勢の問題であり、いわば微調整であって基幹理念は変わらないだろう。

 …ともかくここからは、角度を変えて(戻して)の再始動。今が最後の起点となることは間違いない。これ以上の撤退はあり得なかったし、これ以後の再始動もまたあり得ないだろう。
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# by akiyoshi0511 | 2005-11-07 20:38

2005.11.4

 祝日の夕方調布へ行き、打ち合わせと称して駆け出しカメラマン某君を引っ張り出し、散歩がてらホームセンターへ。改装に使う床材や漆喰を物色した。
 ここ数年まともに居を定めず移動を繰り返していたので、調布に戻るのは楽しみだが、例によって出費が嵩むのが困りもの。もう20代も終わりが近いというのに、人生設計というものをまるで考えられないのだった。というか、意図的に放棄してここまで来てしまった。よく知人に「君は計画的すぎる」などと言われるのだが、とんでもない。ただこの数年は一点に執着していたから、そう見えていただけに過ぎない。

 駅から、かつての住んでいた部屋までの道を歩いてみた。毎年見事な花を咲かせていた幼稚園の八重桜が改築で斬られていた。やはり時間というのは、巻き戻しが効かない。風景も匂いも、仮に同じものがあったとしても2年前と同じようには感じられないだろう。同じように感じたくてもそれに回り込んでしまう自分、感覚の否定の次元に至る。感じる者は生み出す者ではないし、苦悩する者が必ずしも深く考えている訳ではない。叙情的であるとは情動に従うことではなく、叙事的であるとは己の卑小な歴史に縋ることではない。

…。

 おそらくこの場合、そこにかつてあった桜、つまり見えざる桜の声を捉えるこころみが適切ではないだろうか。
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# by akiyoshi0511 | 2005-11-04 20:35

2005.11.1

ロンドンの事件、最初のテロを論拠にアメリカの不当性を切実に訴えたものほど、今回のテロのショックは大きいだろう。もはや悟性をもって立ち向かうにはあまりにも滑稽な状態だからだ。決死の抵抗に見せかけていたものの、その本質さえ欺瞞に過ぎない以上、はじめから欺瞞であることに居直っている側は大手を振って道を闊歩するだろう。それは、私たちの日常にも今まで以上に影響するに違いない。ロンドンでの射殺事件を軽視してはならないとわかっていても、既に皆、疲れ果てている。

統計学的にアメリカを糾弾しても、非暴力不服従の精神に活路を見出しても、宗教画のようなかがやきを放つ写真に世界のほんとうの温もりを伝えても、巨大な動きはなにも変わらなかった。そんなことで世界が変わるほど、生易しい時代ではない。せいぜい大いなる反復のなかで一瞬の安息を感じているだけだ。
せめてこの地球を傷つけないこと…一部の知識人を中心にささやかれているエコロジーには、共感を覚えるものの諦めと退行も感じる。人間はもう、文明を手仕舞いにする時期なのかもしれないという暗喩が隠されているようで。

これまで何かを否定的にとらえる時は、可能な限りその心情を裏付ける上部構造のようなものを明らかにする努力をしてきたけれど、そういう方法にさえ限界を感じる。論じ手の中で展開する脆弱な弁証法は、おなじ論理体系を持たない他者から見れば不可解で滑稽なだけなのかもしれない。論理は結局のところ実効力を持たない。

怜悧な無視に打ち克つためにも、目を凝らさなければ見えないものを最初からそんな領域は存在しないと言いきる暴力に対して、「無視できない」映画でせめて一矢報いることができれば、と考えてきた。「そんなに世界をおもうなら、なぜボランティア活動をしにイラクへ行かないのか」と誠実な友に言われたことがあるけれど、テロリズムでもなくボランティア活動でもなく、自分は一本の映画だと信じて疑わなかった。ある作家が言った「自分の持ち場」という言葉を信じたかったし、自分に可能なことのなかで最も効力のある方法をとるべきだと思っていたから。

前作はその取り組みのパイロット・ワークで、草の根的な都市論の映画だった。都市空間を分析的に捉えるということは、都市空間を規定する側の欺瞞をあばくということだ。それを視覚的にかろやかに超越させて、映像作品として結実させることが目標だった。作家としての道を切り拓くのとほとんど同時進行で、専門学校の非常勤講師という教育の現場にいた。商業性を糾弾する「古くさい」やり方を非難されながら、同世代の学生たちと一緒に、映像のシンボリックな効果を深く考え抜くことからはじめた。映像の象徴性を解読することはコマーシャルのトリックを知ることでもあったからだ。最後の年、同時代の写真家や、メカスをはじめとする映像作家、そしてヴェンダースやタルコフスキーに至るまでを「ものを視ること、考え抜くこと、伝えること」を軸に半期をかけて検証した(今なら「超越すること」をその軸に加えると思う)。そのときの、一部の学生の真剣な眼差しや、誠実な受講態度は忘れられない。僕も同じ地平で考え、余裕のない態度が間抜けに見えることも承知で毎回声高に語った。当時の自分なりに「語り抜いた」と言ってもいい。

5年目にひとまず講師を辞めることを決めた直後、『LOSTBALL』が、A・ウォーホルやオノ・ヨーコが名を連ねる映画祭の片隅に場を与えられた。教えていたすべての学校を去って数日後の入選通知だった。それは自分を表現者と規定する最低限度の資格と考えたいし、同時にその責任を負うものとも考えている。そしてその帰結として、いまの映画がある…。
しかし先に書いたように、この論拠そのものに、いったい如何ほどの価値があるだろうかという疑いもまた、常に自分を苦しめてきた。最初に書いたように、聞く耳も考える姿勢も持たない人たちを相手にするときそれは顕著だった。世界の情勢と相まって、今それがさらに辛辣に、自分自身を刺してくるように思える。

完成した映画をスクリーンに掛けた瞬間に、己が途方もない時間と手間をかけてただ赤恥をかいただけなのか、それとも何かに一矢報いることができたのか、明らかになる。もしも生き恥だと感じたら、二度となにかを表現したりはしないだろう。
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# by akiyoshi0511 | 2005-11-01 20:34

2005.10.31

 ヴェンダースの新作を劇場で観たり、オリヴィエ・アサイヤスのDAMONLOVERを久しぶりにDVDで観て「ナラティブ」への誘惑を感じつつ、週末は細々とした雑用や仕事に追われる。土曜の夜中、相模湖の部屋へ行ってひと眠り…と思ったものの、暖房器具は既に移送済みなので寒くて眠れなかった。部屋の状況そのものには変化がなくても、掃除が行き届いていなかったり、仕事関連の資料と衣料品のほとんども既に小金井に移動してしまったので、あまり落ち着かない。思えばたった半年間の相模湖の生活も結構いろいろなことがあったなと、バスタブに浸かりながらふと考えた。

 12月には、2年ぶりに調布に戻る。物件はほぼ決まり、希望通り部分改装の許可も下りそうだ。そこを拠点に、再び映画製作を動かせる日はいつになるのだろう。

 ヴェンダースの新作、時代に対する真摯な姿勢は相変わらずで、主演女優は『ベルリン〜』のナスターシャ・キンスキー以来の天使的佇まい。まるで世界中の民族の美点をミックスした混血女性のような、懐の広い美しさ。
 しかし泣けないヴェンダースはまだまだ本来のヴェンダースとは言えない、と思う。神と政治という、個人のたましいの拠り所を少し安直に捉え過ぎではないかという、今までのヴェンダースには見られなかった微妙なしこりも感じた。支柱を欠いたまま保守化してゆく状況にあるアメリカにたいして、その内部から一刻も早く警鐘を打ち鳴らしたいというただならぬ危機意識は感じたが、果たしてそのメッセージはどこまで個人に届くのだろう。日本を含めた西側の映画監督の殆どが、911以後の世界にたいして言及も洞察も示し得ていない中で、ヴェンダースだけは、たとえ不完全燃焼に終わっても『正面からの』取り組みを怠ることはしなかった、そういうところはやはりヴェンダースらしい。
 技巧的に思考的にも一定以上の緊張を保ちながらも、心の柔らかい部分にも訴える余地のある作品を、ヴェンダースには求めてしまう。なぜならそれはおそらくヴェンダースにしかなしえないものだから…だ。『ベルリン〜』や『パリ・テキサス』に発見した、意識の緊張が途切れることなく『醒めたままで』全身を映画に任せられる信頼とやすらぎ…、スクリーンの外まで持続し浸透する深い感動に再び逢いたいと、ヴェンダースを追い続ける誰もが願ってやまないだろう。
 そんな訳で、来春公開予定の『パリ・テキサス』の続編(!)への期待感は否応なく高まる。

 当の自分の取り組みに関しては、さすがに今から仕切りなおしとなると主題への接触のしかたそのものを改めなければならないのだろう。
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# by akiyoshi0511 | 2005-10-31 20:32

2005.10.21

最近読んだ本
・「あさま山荘1972上巻」
・「連合赤軍事件を読む年表」
・トーマス・マン「ブッデンブローク家の人々」

 上の2冊は既に読んでいるが、資料として再読。「ブッデンブローグ」はまだ読み始めたばかり。ちなみに先に書いた「はじまりの時」は最後の数章を放置したまま中断している。明日あたり読み終えそうではあるものの、やっぱりクレジオの本の中ではイマイチ手応えがなかった。言い過ぎかもしれないが、最近の村上春樹を読んでる時の違和感に近い感触(これは翻訳の印象によるのかもしれないが)。

 「はじまりの時」は過去と現在を併記することで歴史への接続を試みてはいるものの、やはり当事者たる現代を生きる主人公の姿勢が研ぎ澄まされていないことには、不十分なアクセスに終始してしまう。世界をボンヤリ旅する者にはボンヤリとした光しか見えない。例え文体と構成の妙で丁寧に過去に触手をのばしても、それが主人公の内面を媒介にして現在進行形で再発見されるか、あるいは書き手の鳥瞰的な視線を媒介にして外在的に強く現代に結びつけられるか、どちらかの核が求められるのだろう。結節の強度を高めることの難しさ、そして問題の現在性/継続性を問うことの難しさ…。上記の「連赤年表」の序文にもお約束のように記載されているが、その過去と現在の関係を物語ることの難しさを、未だに私たちは突きつけられている。ワイドショー的に言うところの『連赤事件とオウムは酷似している』という段階に終始してしまえば、何一つ明るみになることはない。またその論理/道理の消滅それ自体に居直ったような表現にも、やはり何一つ救い出すことはできない、と思う。問題は、同時代の終焉以来『何が失われて何が強度を増したのか』ということであり、それによって現代というものがどのように演出されているのか、という内実にあるのではないだろうか。嘗てのように全てを一時に明るみにすることはできないのなら、世界の諸要素において、それぞれの分野に精通した者がしぶとく構造を明るみにし、いわば『論理のゲリラ戦』を展開する以外に方法はない。

 そういう意味では嘗ての村上春樹の、「ねじ巻き鳥クロニクル」は奇怪な説得力があったように思う。全てのモチーフを仔細に読んでいけばいくほどに、多くの結びつきを見出すことができ、またひとつひとつの結びつきにおいて、緻密に計算された上で、不確定部分や曖昧さが導入されていたことで、結果的に『対象を強引に名付けることなく世界の矛盾を突く』という妙技に至っていた。この研ぎ澄まされた多面性は、当時の村上春樹に突出していた要素だったように思う。『世界の終わり』で一度選択された無抵抗の先にあるものが、確かに提示されていた。

 最近のクレジオの良さというのはやはり、海や空と肉体の一体感による、無条件に受け入れられる永遠と幸福の感覚…にあるような気がする。もしかしたらそれくらいしか、もう救いは残されていないのではないか。「偶然」の、船の上のナシマの姿は、読後随分経っても色褪せることがないし、インディオの青年の嗚咽は、深き森に今も響き続けているように感じられる。

 さて、週末からはしばらく本を読む時間もない。
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# by akiyoshi0511 | 2005-10-21 20:30

2005.10.10

昨夜、相模湖の部屋でクレジオの『はじまりの時』の上巻をやっと読み終えた。それから、散々後回しにしてきた税金の書類を作成したが、遅々としてなかなか進まなかった。途中でリゾットを作って休憩し、森山大同の本を気の向くままに捲り、ヴェンダースの本を読み、何度となく観ているヴェンダースの映画も観た。書類が完成した頃には午前3時を回っていた。
 霧雨の中をひた走り小金井に戻った。眠ろうと思ったけれど、眠れないので、『はじまりの時』の下巻を読み始めた。下巻は中程まで進んだ。エンペドクレスの言葉がそれ自体この上なく高潔であり、また有効に引用されていても、フランス革命時の年代記の、時代へ接触するナマの感覚は到底超え難い、という印象。それにしても、2つの時代(フランス革命とアルジェリア戦争)を共鳴させながら描いて行く前半部は、クレジオにしかなしえない、まさに見事なシンクロニシティだと思う。

 撮影は滞っている、というか、再開がいつになるのか分からない。もしかしたら全て撮り直し、かもしれない。少しでも状況を整理するために、相模湖の居場所も手放す決意を固めた。この街にはいつか戻りたい。まるで土地全体が忘れ去られた窪地のような、愁いを帯びた寄る辺ない街。中央高速の長いトンネルを抜けると、山腹のあちこちに霞が立ちのぼり、まるでマヨヒガのようだ…などと言うとさすがに大袈裟かもしれないけれど、たしかに別世界だった。その相模湖と、しばしの(場合によっては永久に)お別れである。

差し当たり、目の前にある仕事を前向きにこなしたい。久しぶりに新しいクライアントから直に来た案件は、ある国の民族解放運動に関する映画の予告篇。映画といえば、ヴェンダースの新作は楽しみだ。僕は体質的に劇場が苦手なのだけれど、久しぶりに重い腰を上げることになりそうだ。
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# by akiyoshi0511 | 2005-10-10 20:25

2005.10.7

しばらく中断していた、ル・クレジオの『はじまりの時』を再び読み進めている。先祖の体験を聞き知ることで歴史を学ぶ、のではなく、祖父を追体験しながら、歴史に紡がれた己自身を感じるということ。歴史年表を通して世界を『知る』のではなく、己自身が選んだ、かけがえのないひとすじの流れを辿ることで世界を『識る』ということの意義を感じる。

クレジオの近作を読む時、初めは、神経質なほどに緻密で些か荘重すぎる文体に、戸惑いを覚えることがある。しかし必ずある段階から、すべての描写がまるで時間そのもの、空間そのもの、体験そのものであるかのように感じられるようになり、本との持続的な共鳴がはじまる。そうやって、読書が深い体験になってゆく。擬似体験ではなく、読書による真実の体験となるような気がする。

『偶然』もそうだった。ナシマが船のデッキに立って潮風を浴びる場面で、まるで緩やかに扉が開け放たれるように、小説世界と自分の現実の境界が完全に消滅する感覚を味わうことができたのだ。その心地よい共振は最後の最後まで、途切れることなく続いた。自己と主人公を重ね合わせるというような陳腐な共感とは根本的に違う。読み手が自分自身であることから解き放たれ、ある種の『認識そのもの』になっているという共鳴の感覚である。
事物と意味と存在が、完全に等価になり世界が均衡を保つひとときの、染み入るような喜びをクレジオは与えてくれる。その読書体験は読後も損なわれることはない。なぜならこの体験は、未知の感覚を押し付けられたものではなく、己の中にあるものの大きさに気付かされた、という極めて自然なものだからだ。

そういう時にだけ、もしかしたら泣いても良いのではないかという気持ちになれる。身を任せてもいいのではないかと、思うことができる。
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# by akiyoshi0511 | 2005-10-07 20:24

2005.9.26

撮影を再開。先週土曜日は少人数で室内シーンを撮影した。
10月は山岳撮影が続く。それさえ乗り切れば、残りの撮影は多少余裕をもって取り組むことができる。問題は山積みなのだけれど、どうにかして終えてしまいたい。

地上の、都市や社会のいとなみから解放された映像が、どうしても必要となる。誰かのため、とか、何かとの相互作用、ではなく、もうそこできっぱりと終わりを告げる透明な一音。すべてから遠いところにある一瞬。ヘルツォークのようにそれがすべてだとは言わないが、それも必要であることは、確かだ。
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# by akiyoshi0511 | 2005-09-26 20:22

2005.09.20

土曜は新宿で人と会っていた。一人は長い付き合いの仕事関係者、一人は数年前のパートナー。久しぶりの新宿は気分が良かった。天然石のブレスレットを購入、この1年使っていたモノが先日切れてしまったのだ。

残りの二日間は、登山に向けて腰の療養のため、相模湖自宅に一泊二日で滞在する。しかし、先日購入したAppleの中古モニターに動作不良があり、ひとりで車に積み込んで橋本の中古機材屋まで運んだり、溜まっていた雑務(食材購入/請求書発行/税金まわり/洗濯…)を片付けているうちに時間はあっという間に過ぎてしまい、休養とは言い難い一日になった。それでもやはり、東京から山ひとつ隔てたところにいる感覚は有り難い。

深夜、何人かとやり取りして次の撮影の予定を組むものの、なかなか足並みが揃わず、目処が立たない。もう時間は残り僅かだ。10月半ばを過ぎれば山岳地帯での撮影は困難になる。もしそうなれば、来年の夏まで待たねばならなくなってしまう。

月曜日は湖の畔に新しくできたイタリアンカフェに一人で入った。吉本隆明の「ハイ・イメージ論」のページを捲った。エコノミー論の中のマルクスからの引用「生産を規定しようとすることは、そのまま生産の否定(反対物)としての消費を規定しているのとおなじことになる」…ふと、先日自分で起こした、映画のワンシーンのモノローグを思い起こす。

「そうやって彼女たちは街の制度に二重に貢献するのだ」

ホームセンターで細々とした買い物を済ませて帰宅し、偏頭痛と腰の鈍痛に悩まされながらパエリアとアボガドのサラダを作った。パエリアは作り過ぎたので一部は冷凍保存しておく。鉱山のスチールを眺め、『右側に気をつけろ』と『戦場のメリークリスマス』を観て、午前4時過ぎ、自宅の戸締まりを確認して後ろ髪を引かれる思いで小金井に移動した。
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# by akiyoshi0511 | 2005-09-20 00:00

2005.8.28

2週間ほど前、O鉱山で写真撮影を行った帰途、濃い霧に囲まれて前後不覚に陥り、2時間近く道なき尾根をさまようことになった。奪われてゆく体温、日没が迫る危険、激しいのどの渇き…。しかし最大の恐れは何よりも、霧そのものの圧迫感だった。5メートル四方の、笹に覆われた原野以外は何も見えず、自分が今どこにいて、何処に向かって歩いているのかも解らない。死の恐怖というよりも、その時自分を含む光景自体がある種の死、そのものだった。
危機的状況においても最低限度の理性を保つことができると考えていたものの、あの圧迫感のなかでは到底冷静ではいられそうもなかった。刻一刻と夜が近づく恐怖とともに、果ての見えない霧の可視的な恐怖というのが確かにあり、一定時間以上その状況に置かれれば錯乱してしまうだろう、という予感に苛まれた。意識を繋ぎ止めながら、尾根を闇雲に走り回り(霧を見渡すのが恐ろしくて立ち止まって状況判断することなどできなかった)、本当に偶然、山道に復帰できたのだった。

しかし、もしもあのまま一晩山を彷徨うことになっていれば、何かが変わったかもしれない。極限状態というのは欲して得られるものでもない。無論、命の保障もないけれど。

去年だったか、横浜で見た現代美術のパフォーマンスをふと思い出した。洞窟の潜行を体験した時のトランス状態を舞踏と織り交ぜて表現したものだった(気がする)。パフォーマンス自体は拍子抜けするところもあってあまり印象に残らなかったが、高山での出来事を機に、思い出したのだ。
ここのところ、極限状態に現前するある種の「聖性」というものを意識するようになった。自分の認識の追いつかないもの、否、誰の認識も追いつかないものというのに否応なく引かれる。無論、いま押し進めている取り組みの反作用というのもあるのだろうが…。
今まで嫌悪して、あるいは嫌悪しないまでも意図的に避けて来た、認識を超えたところにあるカタルシスや衝動というものに、否応なくひかれていく。

選挙結果が出た夜、友人と話をしていた。無論、言葉を失う状況には違いなかった。友人の言うには権力とは実体なき「死」そのものなのだという。それだけでは論理性を欠いた飛躍には違いないが、ふと、実体なき権力=死というものはなにか、極限状態における聖性というものと紙一重であるように思えた。しかし「権力」というものを掘り下げる際に見落としてはならないのは、それがあくまで人的/制度的なものであるということだ。彼が思わず提示したその「死」という絶望的なものを(ちなみに僕はその直前に「今回の人々の決断はまるで人間が自壊を求めているようだ」というようなことを言っていた)、もう一度、制度の構造に引き戻して認知しなおすことを怠れば、政治権力と、本来その上部構造である人間のみずから求めるところの「死」というもののつながりを明示できておらず、また、明示できないままに死と名付けてしまうことは非常に危険なことにもつながりうる。

(トーマス・マンの)「魔の山」の終わり近くの章で、主人公のハンス・カストルプはただ一人で冬山に登り、吹雪に見舞われ遭難体験をする。その中で、議論や認識の及ばない領域を知覚する。続く最終章では、まるでその体験に呼応するかのように、ドイツロマン主義の悪しき帰結でもあった(ロマン主義自体は決して悪しきものではない)第一次世界大戦への参戦という行動をとることになる。トーマス・マンは彼の大戦時には右翼サイドの論客だったというから、これは批判的というよりは象徴的な目論見で描かれたものなのかもしれないが、いずれにしても見出しうるのは、その二つの状況/行為は実は表裏一体なのではないかということである。人智の及ばない自然状況から得られる極限状態と、人間の利害関係と集団心理が高じて生まれる極限状態というものは、鏡像の関係にある。そして、さらに見落としてはならないのは「平常からの逸脱」の源泉の違いなのである。いわば「神」を取り違えないこと…。あらかたの人間がそれを見落としてしまうのはなぜだろうか。

ところで、現代においてはマスメディアが神にとってかわって、神の顔をしてのさばっているのかもしれない。メディアの全てが悪ではないのは勿論だが、メディアの構造に悪しき源泉が潜んでいることもまた事実だ。解散劇〜選挙報道の立ち上がりで、一部の影響力のあるTVや週刊誌が「小泉氏は郵政こそが争点だと言っている」と『半ば確信犯的に』『まるでご神託のように』言ってしまった時点で、この選挙は既に終わっていたのだろう。政策選挙であるという(当然そうであるべき)言葉など、一瞬でもみ消されてしまった。誰かまじめに民主のマニフェストを読んだろうか?(少なくとも4年は通用するものであったと僕は思う)この数年で小泉氏のもたらした諸処の政策を、一体誰が冷静に検討しただろうか?郵政民営化が今このときである必然を、またそれがもたらすものを、誰が実際的に想像しただろうか?

勝利後の小泉氏の一言「民主党は郵政民営化に反対した時点で負けだ」。自ら争点を絞るためのレールを敷設し、その通りの帰結へ持ち込んだ小泉氏が、自らの営為を正当化するとともに「他の議論は一切無視しちゃいました。無論、自衛隊派遣などは延長しますよ」という姿勢を余裕の表情で明らかにした言葉だ。この言葉とともに、彼はいっさいの大衆に対し「お前ら大衆はやっぱりバカだなぁ」と内心ほくそ笑んでいるに違いない。その内実さえまともに論じられなかった、明らかに茶番であるところの郵政民営化争議、その茶番でしっかり覆い隠されているのは弱者への弾圧である。そういう言い回しが被害妄想だと言うのなら現実問題に限定して、低所得層〜中産階級への大増税と言ってもいい。言うまでもなくこれから大損するのは今回メディアの報道に流されるがままに自民党に投票した「都市部の若い無党派層」である。電車男に歓喜し、セカチュウに泣き、年に一度の長期休暇を海外旅行に充てている、寝る間を惜しんで働いている、健康で、健気な人々である(健康かは分からないが、残念ながら僕自身も今のところはその層に含まれるだろう)。

・・・

嘗て長く政権を握った自民党は、ゆるやかな自己調整機能を…所詮利害関係に過ぎないとはいえ多少の多様性を…有していた。占領政策から朝鮮特需のどさくさの中で延命した保守勢力であることはいたしかたないとしても、戦争そのものへの逆行を回避するだけの自己批判能力は備えていた訳だ。戦争の罪悪と、戦後復興という労苦を知る者もそこには含まれていたからだ。しかし21世紀の今になって政治を担う自民党はそうではない。戦争の悲惨を知らず、剥き出しの右翼性と資本「原理」主義を携えたいわば急進的団体である。

文字通りの右へ倣えになりきらなければ、基本的人権も保障されない時代が、そう遠くはないように思われる。戦争を知らない世代による戦時への逆行…。無知の所作だけに実効力も知れているが、今の調子で国民が添い寝してしまえば想像以上の危険な現実が訪れる可能性はある。
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# by akiyoshi0511 | 2005-08-28 00:00 | dialogue

2005.8.15

「『パサージュ論』熟読玩味」という本を読んでいる。今はモードに関する箇所を読みすすめているのだけど、自分はまず、他ならぬベンヤミンの性(癖)に共感を覚えてしまうのだった。
古書を蒐集し、図書館に籠って古い情報の渦から己の五感を頼りに断章を探り当て、編纂する行為。それ自体が非情に倒錯的であり、自己投影的でもある。その自己投影ところが言うまでもなく難しく、ベンヤミンの詩人たる所以でもあるのだろう。直感の根を探る営為そのものが措定するものに、己自身でさえ計り知れない資質のようなものが問われる。
性(癖/倒錯)には必ず人の本性が介在する。故に、実は最も端的にその人の論理構造を露にしてしまう。複雑化した性は知性の反映ともなるが、反面、どんなに頭のよい人でもごまかせない。ベンヤミンは折り重なる時間の薄衣の向こうに、朧げに見える概念に倒錯した。それこそが、アウラの正体と言えるのではないか。
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# by akiyoshi0511 | 2005-08-15 00:00

2005.8.1

週末2日間、相変わらず映画のロケハンや打ち合わせで首都圏を駆け回っていた。土曜の午後に数時間の猶予ができたので(眠ればいいものを)、灼熱の都会からのがれて相模湖付近の沢を歩いた。沢歩きの時間はなにも考えず、とにかく無心で上流へ向けて歩き続ける。数メートルの滝や深い落ち込みをいくつも乗り越えながらの行程は、体力的には結構きついけれど、とても心地よいもの。釣りもせず写真も撮らず、ただひたすら歩くだけで心身が生き返る。
呑み込まれそうな轟音をたてる滝を越えたあとに、突然静寂の流れが訪れる。立ち止まって、両脇の杉林に見惚れながら蝉の声を聴く。郷愁を帯びたひぐらしの声が、こだまするように森いっぱいに鳴り響いている。日常の感覚とも、制作に取り組んでいる時の感覚とも次元の違うおおらかな自然の喜悦。
疲れが喫水線を越えるとこのような自然の誘惑に抗うことができなくなり、無理をしてでも時間を作って森や沢へ向かう。札幌市に生まれた自分の原風景はいわば半陰陽なのかもしれないと思う。…端正な都市を自転車で駆け抜けてゆくと、その先には手つかずの原野や森が広がっていた。ある世界(此岸)とべつの世界(彼岸)を日常的に行き来していて、双方に満たされていなくては生きては行けないという自覚もあった。
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# by akiyoshi0511 | 2005-08-01 00:00

2005.7.29


「焼身」を読み終えて、共同幻想論に戻った。丁寧に読みすすめる。しばらくは退屈しない読書が続きそう。

「焼身」はこれまでになく、文学者であり行動する個人である宮内勝典が浮き彫りになる佳作だと思う。「始祖鳥〜」や「金色の虎」は立派な秀作だけれど、彼が彼自身から一歩高いところまで上り詰めて、思想が先鋭化し意識がスパークした状態で書かれており、作品としての完成度は至高のものであるとしても、凡庸な読み手には教義的にすぎて、距離を感じてしまう面もあった。聖も邪も併せ持ち、清濁併せ飲むという気概、常に善悪の彼岸を見据えながら、世界市民に立ち返って模索するという意識の強度。そういうことの崇高さはよくわかる。主人公はいつも若々しく魅力的で、世界に翻弄され全身に擦過傷をまといながら、人間の、人間たる姿を直視する様は本当に美しいと思う。そういう意味で氏の作品は通俗ではなく芸術の領域に踏み込んでもいる。しかし誰もが、何ものにも依ることなくあのような個としての強度を保てる訳ではない。宮内氏の文学や言動はこれまで、(誤解を恐れずに言えば)ある種の選民性を帯びていた。文芸復興(ルネッサンス)というスローガンにも現れているように。現代における天才(錯誤であれ)でなければ、彼の作品に100%のシンクロニシティを見出すことはできないだろう。それくらい峻厳に煮つめた正論で、世界を突いていたということなのだが、その「強度」ゆえに、脆弱な読者を受け手をはじき返すという側面もあった。

しかし「焼身」…老年を迎えつつある宮内氏本人のレポートであるという率直な私性にまず驚く。そして9.11以後の世界という真空状態(歴史的に見ても、こういう時に一気に保守反動が台頭するのは明らか)において、新たな一矢を模索する姿は今までとは少し質が違う。一個人としての限界や、思想と矛盾する弱ささえ愚直なまでに明るみにし、自分のすべてを遡上に上げてやろうという強い居直りと、あらたな覚悟を感じる。たった一人の師を求めて彷徨する様、そのなかで己を正直に回顧し、己の人生を抱きとめようとする優しさ(それは意識的にも無意識的にも、妻への視線に顕著に現れる)が、読むものの心を動かす。

密林で、X氏ことクァン・ドゥック氏を追体験するという「個としての思想的接続」はこの本のハイライトだけれど、多少の強引さを禁じ得ない。その意味でこの作品は思想的には未完に止まっていると思う。信じるに値するあらたな何か、の本質は、まだ見定められないのだろう。しかし寧ろ秀逸なのはその直後にやってくる、朽ちた寺での、ハンセン病の少女との邂逅と、そこでの畏怖と挫折の感覚だと思う。思わず走り去った妻への気遣いに、どうしようもないジレンマと痛みが刺してくる。文学者としての自分が瓦解しかねないような痛烈な自己批判。そこに、読み手としては逆説的にわずかな希望を見出すことができるように思う。

真摯に考えつづけ、そして行動しつづけ、悩みつづける。微かな正論を得てもなお、時には圧倒的な世界を前に一瞬で吹き飛ばされ、時にはソフィスティケートされた制度にはじき返される。しかしそれと覚悟で、暑い炎天下を、危険な密林を思考しながら歩き続けること、それこそがまず意思であり思想なのだと思う。人間が立ち上がって歩行をはじめたときのように、私たちはゆっくりと、「人間自身」について考えることのあらたな次元を切り開いてゆかねばならないのだろう。

「アンダーグラウンド」の村上春樹に爪の垢を煎じて飲ませたいほどの、苛烈な誠実さ。団塊世代を小馬鹿にする「身軽な」少女たちに突きつけてやりたい切実な生々しさだ。
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# by akiyoshi0511 | 2005-07-29 00:00 | monologue

2005.7.15


数あるタルコフスキー解釈本の中でも秀逸な一冊「永遠への郷愁」を再読する。とくに「ノスタルジア」「サクリファイス」の項目を丁寧にトレース。以前に集中的にタルコフスキー関連の著作を漁った時期は、旧ソ連時代の「惑星ソラリス」「鏡」「ストーカー」を中心に読んだ。亡命後の後期の方が、技術的/思想的洗練度が高いのは分かっていたが、それら後期の集大成的作風に至るまでの、諸処の煩悶や実験の、暫時的帰結のあらあらしさのようなものに、むしろ馴染むことが出来たのだった。
しかし最近になって、後期の2作にも同じくらいの愛着を感じるようになった。両作を受け容れるのを邪魔する心情的な壁がなくなってきている。

自分自身の及ばぬ領域を、少しずつ受け容れるようになってきている。それでも、本当の叡智に触れるだけの用意ができるのは、まだずっと先のような気がする。
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# by akiyoshi0511 | 2005-07-15 00:00 | monologue

2005.7.11

土曜は幕張ロケハン。一通りの確認は済んだので、日曜は体調を取り戻すために1日オフにした。思えば、一ヶ月全く休みなしで行動していた。

陽がやわらぐ時間になってから車を出した。途中で弁当を買い、車で30分弱のところにあるいつもの沢へ。夏日でも川の周囲はひんやりとしている。食事を済ませてから、湖の周囲を数キロ歩いた。舗装されているが一般車は立ち入り禁止なので車が来ることはない。崖下のダムを眺める。渇水で、ダムに沈んだ立ち枯れの木々が茶色い水辺に剥き出しになっている。はじめてここへ来たとき、まだ春で水も豊かだった。翡翠色の水面に顔をだす木々は美しく思えた。
体の疲れに負けて、路上に横たわり数分眠った。自然のなかに切り開かれた人工の路で、車や通行人を恐れることなく横になる、奇妙な感覚だった。ガードレールの下の隙間から谷の向こうの針葉樹林が見える、一面ビリジアンのグラデーション…。ここは一体どこなんだろうかと思う。
帰り道、道の真ん中で裏返しになっているひぐらしを見つけた。生きていたので、つまんで付近の木にとまらせておいた。

街のコインランドリーで洗濯を済ませ、ホームセンターでこまごまとした買い物をして帰宅した。既に夜の9時を回っていた。買ってきたゴーヤーで炒め物をつくり、ワインで夜を過ごす。
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# by akiyoshi0511 | 2005-07-11 00:00 | monologue

映像作家・写真家 北川陽稔 http://www.akiyoshikitagawa.com/


by Akiyoshi Kitagawa

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