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ブロック、ノート、そして窓辺

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余白のある空間で、たとえ短時間でも腰を据えて考え、手を動かして、組み上げたものを批評的に眺める。そして、それを日々反復すること。
実のところ、この原点は幼い頃のブロック遊びにある。

在京の頃、つまり20代を通して、僕は散歩と喫茶店通いに明け暮れ、ノートの紙上で同じようなことを毎日2時間以上はやっていた。
それは映画になったり、ならなかったりしたものだ。心地よい片思いをくれた先人たち。ベンヤミンやボードリヤールの断章を映画に「翻案」していた懐かしい時間はもう戻らないだろう。
昔も今も、組み上げたテキストと身辺の素材を交えて鑑賞に能うものを構成し、無名のbricoleurとして生きている。「身辺の素材」は、たまたま目に止まった木片のこともあれば、川崎のコンビナート群の夜景ということもあり得る。それは多分、その時どきで置かれた自身のプレゼンスの違いでしかない。

眼の前の光と環境を読み解き、点を掴み、線を引き、その流れを辿る。そして、心身に以前とは異なる視覚の論理が宿り始めていることを確認する。次はこの反復の中で、全ての事物に介在するパタン(異なるものの間での共振)が炙り出しのように現れるのを待つ。



by akiyoshi0511 | 2019-05-15 04:45