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memo_8

一体あと何千カット並べれば、わたしは己の必要としているただひとつの意味あいを著すことができるのだろうか。作者の恣意によって安易に組成された表現ではなく、ただここに並べられたイメージの全体像において意味あいが生まれうる、現前としての写真の集成。

過去と現在、現在と未来、人工物と自然物、男と女、昼と夜、感性と英知、フィロソフィーとイデオロギー。対立概念のグレイゾーンに横たわる一抹の真実を炙り出すために、カメラという複写装置を手に方々を巡る。予断を排し、眼前をよぎる幾多の、あり体の視覚のドラマツルギーには合焦することもなく手を振り別れを告げる。そして、予期せぬ一回性、あるいは精査されかつ理解を越えた事物だけに機会を限定し、たしかに積み重ねてゆく。

7日間彷徨って1ショットも撮れないこともある。あるいは1日、たったひとつの場所で数カットが残されることもある。ひとつひとつのイマージュを採り重ねる毎、言い換えれば、十全な態度で数度のシャッターを切るたびに、また精査の後に1カットをブックに収めるたびに、わたしは己の体がすこしずつ、政治の圧力や、自我の重力から解き放たれてゆくのを感じてもいる。

勝手にしやがれ、と言い放つためには、それなりのプロセスと、痛感や責任意識が問われるべきなのだ。底なし沼のような煩悶の先にしか、真に純粋な表現の営為はないと思っている。写真に関わらず、それだけが依然わたしの生の拠り所である。その道理において、幸か不幸かわたしは、自分の依拠しているものを言葉だけでは過不足なく説明することはできない。その満たされぬ事実がまた、写真という行為を継続する理由ともなっているように思う。
by akiyoshi0511 | 2006-09-23 01:00