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2013.10.7

全包囲的なデジタル化によって世界が不可逆性を失っていくことに対して、まだ違和感を拭いきれない。
逆にそれが僕の作家としての拠り所とも言える。
だから、(多重露光の)やり直しが効かず、偶然性に依らざるを得ないネガフィルムに敢えて拘る。Photoshopで合成の整合性を求める時の、繰り返しのトライ・アンド・エラーから得られる陶酔感も好きなのだが(それはまさに芸術における可逆性の象徴であり、ことの黎明期において革新的であり得たのだった)、今現在、取り組んでいるシリーズはそういう性質を求めていない。

偶然性にイリュージョンを求めることそのものも、世界の可逆化/透明化への抵抗なのかもしれない。仮に抵抗という言葉がもう意味をなさないのなら、それを敢えて引き蘢る行為と言っても差し支えない気がする。
世の引き蘢りたちが自己肯定のためにtwitterで垂れ流す言葉が世界を動かす時代なのだから、芸術が高次の言語であると言い張る必要もないはず。善かれ悪しかれ蔓延している、新しい相対的な見方を拒絶しようとするから疲れるのであって、自分もその地平に立って、「私は私」を宣言してしてしまえばその重力はひとまず無化できるんじゃないだろうか。

そんなことを考えながら、仕事の合間に60年前の中判カメラやリンホフを担いで出掛けていく。ブラッケージのような偏執狂的妄信がある訳ではなく(考えてみれば彼も立派な引き蘢りではないか)、メカス的な宿命を背負っている訳でもないけれど、とにかく刹那的で否定的で、そして時差のあるこの(ネガ)フィルムという媒体が僕はどうしようもなく好きなのだ。
# by akiyoshi0511 | 2013-10-08 01:24 | monologue

2013.10.1

10日ぶりに札幌の作業場に戻った。ドアを開ける前から猫が激しく自分を呼んでいることに気付く。3、4日の出張でも戻るとそんな感じだけれど、10日ぶりとなると猫の方もちょっと気違いじみている。こちらとしても猫にはとても会いたかったので、嬉しい再会。これからほぼ毎月、こういうことが繰り返されるのだろう。

9月に札幌で結婚し、ほぼ同時に東京にも部屋を借りた。仕事上の拠点がどうしても必要な時期になったから。今年は年明けからほとんど無休に近い状態でクライアント仕事をしていて、今もその延長上にいる。札幌と東京、半々で動けるのが自分としては心地良いけれど、毎月のようにホテルを予約するのも億劫なので、部屋を借りることにした。ホテルに泊まる値段とほとんど変わらない家賃なので安いものだ。
部屋は多摩川付近の神奈川県側にある。奇しくも15年ほど前、始めて上京した時に住んだ場所にも近い。引っ越し早々、東京の写真家の知人たちと多摩川の河原で営業している居酒屋で飲んだ。相変わらず猫や犬がいた。

敢えて15年ないし5年前と同じサイクルに身を置いてみて、ひとまず正解だったとは思う。ある種の新鮮な気持ちを維持して東京に関わりながら、その感覚を札幌に持ち帰ることを繰り返す。仕事上のコストを考えても効率が良くて、自分自身の中で何かが滞留してしまうことも防げる。
週末は山梨・奥多摩で撮影をした。最近は土地の物語ではなく、地勢や地質が自分の作品と結びついている。某かの民間伝承を手掛かりにする訳ではないから、もうこの狭い日本の中で北も南も関係ないと思うようになった。その代わり、文字通りの地層に目を向けている。これからは、数百年・数千年の時間の層、あるいは地球の深層が露呈している場所で撮影をしていくことになるだろう。

それにしても、15年前と今では世界も自分も状況が変わり過ぎた。当時は9.11も起きていなかったし、放射能も前提にしなくて良かったし、自分は20歳だったし、こうして日記を書くことにさえ一定の重みを見出すことができた。
拡大に向かう螺旋なのか、その逆なのかは分からないけれど、一度しかない人生で東京に二度目ないし三度目の必然性を感じたからここにいる、ただそれだけだ。厳密に言えば完全に離れていた訳ではないので、少し中途半端だったものを正しい形に戻しただけ。「ちょっと3年くらい山の中で写真を撮ってました。作品ができたので戻ってきました」そんなところなのかもしれない。
5年前、家の危急な事情で東京を離れた頃、僕はあんなにも世界を視ていたはずなのに、実のところ引き蘢りに近い状態だったのかもしれない。冷静に振り返れば手詰まりも感じていたことは否めない。

先週はスーザン・ソンタグの関連書を読んだ。20代の頃に読むべき本だったが、当時の僕はこれに変わる数人の著作を繰り返し読んでいた(ここは簡単にまとめられないけれど、それ故に引き蘢らざるを得なかったのだ)。いずれにしても既に終わってしまったものだが、これからも間接的に抱え込んでいくものでもある。かつてはそこに直接性を求めていたが、今はより深層から某かの表現を引き出そうとしている。そこだけが少し異なっている。
# by akiyoshi0511 | 2013-10-02 07:09 | monologue

三人展の後、映像仕事が続いており矢継ぎ早に後続案件が迫ってきます。今日中に編集ラフ一本と次の撮影のセット仕込み&段取り一件と企画修正一本に加え、某展のトークレジュメ一件。その後は大物2件が動く予定。
雪解けを待たずして春の山場が来ています。冬の山場はくだんの三人展だったので、彼岸と此岸を行ったり来たり。

・・・

さて、次の土曜日(4月6日)はTY氏の写真展のアーティストトークに出演させていただきます。もう一人のゲストコメンテーターはTKさんで、僕は一応司会進行という役回りですが、この二人の先達の取り組みの要点を短時間で言語化するなど、到底不可能なことだと思っています。

従って無理にストーリーを描かず、キーワードを整理しておいて、2、3の深い切り口を引き出す努力をするつもりです。そこから充分に広がりも深みも得られると思います。
今はお二方の事前のメールでのやりとりを下地に、切り口を模索しているところです。

TYさんとTKさんの写真に共通点があるとしたら、現実や歴史への認識を揺さぶる(一見して不可視の)力だと思います。お二方とも一見すると視野の表皮をドライに切り取る手法ですが、彼らの写真や言葉を凝視していると、ふと気付いた瞬間に、建造物やアスファルトや草木を剥ぎ取ったところにある途方もない深層にアクセスさせられていることに気付きます。その時、すべての鑑賞者は個としての意識から遊離し、ただ静かに深淵を目撃する「眼」となるのではないでしょうか。そこで得られる答えのない茫漠とした感触は、写真の(あるいは現代美術の)真理に触れ得るものだと思います。

個人的には、最近になって自分自身も準備を進めている1:2フォーマットの写真に興味があるので、そのフレーミングの際の視野の認識などにも触れてみたいと思います。




# by akiyoshi0511 | 2013-03-31 14:56 | dialogue

2013.2.1

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祭りの翌朝、久しぶりに早朝の多摩川六郷土手を散歩。懐かしい川崎の臭気にはすぐに慣れてしまった。澱んだ川床にボードリヤール的な靴を見定め、仕方なくiPhoneで撮った。やはりせめてBELAIRを持って来るべきだった。

確かな実感とともに触れられるものは、もはや朽ちたもののみ。過去となりつつある思想の引力に後ろ髪を引かれながら、急激に変化するこの世界の重力と折り合いをつけることを目論む最後の世代…としての自己を確認する、短いながらも重大な「旅」。1年前からある人に届けたかった声をやっと届けられた(8分の持ち時間で伝わる訳がないけれど、必要な言葉の断片を辛うじて発した)、いつか対峙してみたかった先達と対峙できた(大きな存在感と、辛うじて向き合えただけだった)、関係を築きたかった同世代や若い写真家たちと語った(若い秀才たちの人間味に触れて、少しだけ安心した)。
一瞬ながらも、濃密すぎる半日。

今回は、想定外に喜ばしい入選ながら、同時にとても残念な入選でもある。年齢制限の関係で僕にはもう僅かな機会しか残されていない。もっと早くから、この場で自分を鍛えることができたら何かが違ったかもしれないと思う。

・・・

多摩川の散歩も終え、心地良い心の震えをキープしたまま空港へ。




# by akiyoshi0511 | 2013-02-01 09:29 | monologue

2013.1.1(初夢)

無数の洞穴がある水辺を仕事仲間数人と訪ねている。昔乗っていたオープンカーで谷を降りて行くと四方に大きな穴が口を開けており、そこから水のきれいな沢が流れ出している。

洞穴は昨年撮影したある場所にも似ているが、もう少し人工的なトンネルのような、整った楕円形で、切り立った岩盤に無数に口が開いていた。
それぞれの洞穴はかなり奥行きがあるが、なぜか中は明るく、最深部まで見通すことができた。誰かがアメリカの風景のようだと言った。僕は石の裏に鱒がいそうだと思った。

数年前に関わっていた会社で営業をやっていたA君と、なぜかその場所で鉢合わせする(そこは観光地で程よく管理されているのだった)。A君と話しながら少し高い場所に移動した。すると案内板に目が行く。案内板に従い眼下を見ると、青い湖面に2つか3つ、小型の筏のようなものが浮かべてあり、そこにはそれぞれ神道の祭壇と、アイヌ式の祭壇が設えられている。

・・・

…という初夢を見た。

今日は豊平の水神様と石山神社に初詣をする予定でいる(ちなみに豊平の神様は昨年、管理者の方に許可を得て社の中を撮影させていただいた、とても小さな神社。石山の方は2年前にその地域を撮影した作品が受賞に繋がったというのが縁で、信仰という意味では特に深い理由はない)。

さて、一体どんな2013年になるのだろう。少なくとも僕にとっては近年にない素敵な初夢だった。別段、飛躍した創造的な夢だとは思わないけれど、少なくとも合わせるべきところにチャンネルが合っているということは実感できた。
# by akiyoshi0511 | 2013-01-01 04:10 | monologue