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Visual Activities

今週は2本の映像仕事と6件の写真の現場という、やや非現実的な日程をこなしています。

さて、標題の名称の話ですが、あたらに自己の基幹となる集団を運営してゆくことになりました。
前の団体を離脱を決めた時点ではなにも予定していなかったけれど、それを機に錘が落ちたように感覚が開かれ、必要な手続きをすらすらと思い描けた次第です。映画専業からの転業を経て2年余、気付けば、バラバラと掻き集めてきた写真分野の業務経験も作品も、一応の量と質に至っており、また自己の方向性も再び明確になってきたのでしょう。

そこで早急に(商業的な)成功を収めるとか、そういう類いの趣旨ではないかもしれませんが、少なくとも制作という営為の根本における姿勢を共有できる人々と、長期的な視野に立って共に行動してゆける枠組みにはなると思います。単独行動ではそれと名付けえない問題意識を、ひとつの組織に象徴として盛り込み活動を促進する、というものであり、クライアントが想定される作業においても、グループで取り組むことでクオリティを上げられることでしょう。既に実質的な1本目の仕事が走っていますが、想定以上の効果でもあります。所謂ユニットとしての分業、これは久しぶりでもあり、懐かしくも新鮮です。

今回の立ち上げにあたり、声を掛けさせていただいた諸氏のほぼ全員が違和感なく参加を快諾してくれたことに、まずは本当に感謝したいと思います。近年何となく行動をともにしてきた人、フォトグラファー仲間、映画制作の仲間、参加メンバーの繋がりは様々であり、自分を起点に考えれば繋がりの集約の場でもあるという感じです。ここまで重ねた時間において、あるいは交わしてきた言葉において、真に信頼し合える人々が集いました。

クリエイターというのは、作品なり発言なりを社会の某かの側面に位置づけてはじめてクリエイターと呼ばれます。自分も紆余曲折しながら既に10年に渡り、さまざまな仕事や作品制作に関わってきましたが、業務と私的な制作活動の両面の経験をすべて注ぎ込み、あらたに方向付けられた今後に活かしたいと思っています。

上記プロジェクトのホームページは現在参加デザイナーとの共同作業で準備中。
アップ次第ここで告知致します。
# by akiyoshi0511 | 2008-06-26 10:12 | dialogue

夜の飛行船

昨夜、仕事のあとのドライブで石狩湾の港に停泊する飛行船に遭遇しました。闇の中に光芒を放つその姿は、遠い事物や叶わぬ思いを想起させますが、少なくとも制作者としての自分はその光の呼び起こす感興に酔うではなく、もっと積極的かつ懐疑的であり続けるべきだなと感じたわけです。
「トニオ・クレーゲル」の文庫本をいつもバックに忍ばせていた25歳の映画青年も既に30歳を迎え、そろそろ世界と自己との距離を再定義している、というところかもしれません。そうでなくては、進歩がないということになってしまいます。

僕が10代だった頃、今回の秋葉原のような事件は想像はできても、少なくとも同世代の誰一人その行いに手放しで共感しませんでした。それが今や同世代の若者に共鳴すら許してしまう。ここまで人間の疎外感が顕在化され、かつそれが常識と化してしまった世界…そしてその疎外感とはまったく遠いところで(本当はこちらこそがバーチャルな事態なのですが)、戦争や紛争等、「大きな物語」が間断なく紡がれ続けてしまう救いようのない事態が、現実としてあります。
メディアの悪意も手伝い、ほとんど揺るぎないまでに組み上げられてしまった「個人」と「世界」との断絶。今やいかなる個人の言説も行動も情報の渦の中に吸収されてしまい、数量や時間の尺度さえ無意味化されています。一日で何千人が殺されたという事実と、何分で何人が殺されたという事実に、ほとんど実感の違いが見られない、というような感覚の麻痺が起きているように感じられます。しかし、そのように感じさせられている状態そのものに対し、本来私たちは懐疑的でなければならないのです。

地球に刻まれた巨きな傷と、己の体に刻まれた小さな傷を混同しないこと。そして同時に体に刻まれた小さな傷は、地球規模の悲しみへと繋がってもいるのだということ、その意識にこそ信じるに能うものが含まれているのだということを見失わずにいたいと思います。痛みの実感をなくして大きな尺度にばかり拘り出すと、人間は必ず、ある種の傲慢に突き動かされるようになります。反対に自己の傷にばかり拘泥すれば、秋葉原で無差別殺人を実行した青年のようになり兼ねないのです。

断絶や疎外を認めるのは容易いですが、その感触に閉じこもるのではなく、他者や世界との対話を求める姿勢というのは失わずにいるべきと考えます。それは社会の要請や自己の社会性について考える以前の、人間として必要な最少の良心です。

・・・

来週は自室にこもって新しいプロジェクトの準備と、連絡作業に追われそうです。たまたまですが数日前、疎遠になっていた映画関係の友人からも連絡があって、よほどそれが(友として)嬉しかったのか、夢の中で夜行電車で東京に向かおうとしていました。いろいろなものに愛情を感じながら生きる姿勢を、久しぶりに思い出した気がし、他者に愛おしさを喚起させる力を持つその友人は、それだけでこの世に存在する価値があるように感じました。
# by akiyoshi0511 | 2008-06-14 13:11 | dialogue

霽れの日

祖父のときもそうだったのですが、祖母を見送った日も空は見事に晴れていました。91歳の大往生で、最後は認知症が進んでいたこともあり、とても静かに息を引き取った祖母。その表情はまるで晴れた空に浮かぶ綿雲のように柔らかく、また、少しだけ寂しそうでもありました。
自分も多少歳を重ねたせいか、葬儀の数日の中で故人との別れを、冷静に、しかし心に澱みなく噛み締めていた気がします。



北海道の撮影に関しては、六ツ切りのテストプリントがやっと15枚を超えたところ。これまでも限定してきた光線条件はさらに絞り込むことにし、撮影回数や稼働時間が減る分、テンポを速めようと思っている。そのため4×5のフィルムに加えて、一連の決着がついてからと思っていた中判ポジでの撮影も再開することにしました。
最終的なカット数もそれなりの数になるかもしれない。あるいはまた、当初の態勢に戻すかもしれない。大切なのはどの段階で「過不足なし」と判断できるかだと思っています。

いずれにしてもこのシリーズでは最後まで一貫して、ネガフィルムは使わないつもりです。
# by akiyoshi0511 | 2008-06-05 13:53 | dialogue

原野再訪

新緑の訪れとともに、昨年からのロケーションハンティングに基づいて
大判フィルムでの撮影を再開。

飛行場のある原野での10枚と、
北のユートピア的都市での10枚。
併せて20枚の、大きなプリントの制作を目指してすすめています。

同じ場所に何度か赴いてデジタルで撮影を繰り返し、
そして最適な状況が訪れた日に大判フィルムで撮影。
ポジに問題がなければその場所は終了、というプロセス。

大判フィルムでのランドスケープ撮影は記憶を外部化するような行為。
自分で見ることを中断し、フィルムに刻印することに専心していると、
私情とは異なる何かが、そこに焼き付けられる気がします。
# by akiyoshi0511 | 2008-05-30 11:27 | dialogue

逡巡、あるいは上下移動

毎月東京から北海道に戻ると、シェル・ショックのように数日のあいだ無気力な状態が続く。再び2月初旬から東京。そして同月から、蒲田に作業場を持つ予定。

半年ぶりにベンダースの「東京画」をMacのデスクトップに流しながら、まるでそれが既に過去の視線であることを己自身に言い聞かせるように、sinarに180ミリの望遠気味の標準レンズ…ではなく90ミリの広角レンズを乗せて、自室の窓から隣家の壁を覗く。すると、壁の疵に太陽の光が当たり、ある種のコントラストが表出していた。光が去らぬうちに結局カメラバックから100ミリレンズを乗せた一眼レフを取り出し、撮影する…。



先日の下北沢で、たまたま同じ上映を観ていたかつての友は、沖縄のドキュメントに泣いたという。永遠に変わることなく誰か(の論理)と添寝できるなら、そうして涙することも叶うだろう。
現在の中平卓馬は空転などしていないし、あの時「劇場」にいた若者たちは少なくとも無知や無関心ではないだろう。あろうことかハンバーガーを食べながら映画を観ていても、彼らは十分深刻な部類の若者なのだ。しかし彼らを取り巻いている現実(それも反現実も取り込んでしまった現実)が、彼らを常に揺さぶり、純粋に考えることを阻害するのだ。それが例えばハンバーガーにすがりついたり、あの言説で涙したりという倒錯的な事態に彼らを貶める。



この強固な現実に立ち向かうには、己をある種の遊軍に仕立て上げるしかないというのが僕の結論だったが、それも結局のところ、「誤った動き」の果てに、辺境で更なる傷を負うだけである。(そう言えば、「まわり道」のヴィルヘルムの歳でさえ、自分はもう追い越してしまった…ふと年齢を認識するのは、こういう時だったりする)

「東京画」の画面の中ではヘルツォークが語っている。東京タワーの展望台で、都市を悲観するヘルツォークの姿は当時の情況でさえ少々あざといが、代わりに、今でもヘルツォークは十全に勇ましいのだった。ベンダースも、アメリカに最後の弛みきった映画を残して、昨年ドイツに戻って最初の映画を撮り上げたらしい(撮り始めた、だったか?)



羽田を発って以来、地下鉄の中でもホテルのラウンジでも自室のベッドの上でも、ボールペンを片手に「幻想の未来」ばかり読んでいる。おかげで毎晩妙な夢ばかり観て気分は冴えない。しかしそれらの夢も気分もフロイトの言説に触れているせいでは断じてなく、知性から遠ざかってゆく自己への焦りにすぎないだろう。
おそらく、この本に接続するかたちで吉本隆明の「共同幻想論」を読み返すことになるだろう。そして2年前に挫折した「ハイ・イメージ論」をなんとか読み解いて、ボードリヤールにまで戻ってくるだろう。一度ならず逃げ出せば、言説の恢復にも時間がかかる。

いつも、私的な悲しみと引き換えにしかこの軌道に戻ることはできないし、戻ったところで救済が得られる訳でもない。単純に、恋にも宗教にも耽溺することは叶わないから、いわば代償として写真や知性への耽溺(昇華ともいうが)を指向する。選択の余地はその程度しかないうえに、時として、いや概ねその耽溺さえままならないから、メランコリーに囚われたりもする。
それがつまり、とどの詰まりの30歳を目前にした自己の日常。



駄文を書いているうちに、「東京画」は終わりのところまで来てしまった。厚田春雄氏が画面の中で泣きながら小津安二郎について言う。

…彼は神様のような人でした…
# by akiyoshi0511 | 2008-01-25 11:29 | monologue

documents

イメージフォーラムで「いのちの食べ方(Our Daily Foods)」を観た。宮崎淳氏の「Borderland」や「FRONTIER」をここで目を潤ませながら観てから、もう何年経つのか。
一巡して、また元の位置にいる。…違う。以前にはなかった視点を獲得した訳ではないが、一点透視ではない、並走する同時代の現実と向き合い、そして今ここにいるのだった。

「いのちの食べかた」はノンダイアローグで淡々と進行する映像作品。明らかにドキュメンタリーというよりはアートフィルムの文法であり、いつか観たジェームスベニング(だったか?)に近い即物的着眼。冒頭15分のシークエンスは洗練の極みであり、観る者を圧倒すると同時に我々の置かれた現実をまざまざと見せつけられる。食に限った現実ではなく、未来化した我々の「全的な現実そのもの」を、だ。完璧な、完膚なきまでに潔癖な死がそこにある。詳しくは後日仕事のレビュー記事で書く予定だが、即物的視線の正当性と、宿命的に含まれる危険性をやはり強く感じた。

これが現実だから、という言い口には半ば強制的な懐柔が含まれている。そしてこの作家はおそらく、やむを得ぬ懐柔の先にあるものを視ている。立ち位置は、わたしたちとほとんど同じだ。

・・・

翌日は下北沢で「カメラになった男」を観た。今回はこれをどうしても観たかった。多くの資料から明らかになっている情報がほとんどではあるが、沖縄のシンポジウムでのやり取りなどは実際に映像で観るとそれなりに凄まじい。内容が、というよりは主催者や観客を巻き込んだ人間模様が凄まじいのである。内容はもはや語るべくもない。
そもそも我々の世代には語りようがない事物だけに、あなたの生きる現実に基づいて十全に考えて行動(撮影)しなさい、ということは痛いほど伝わってくる。これも老獪と呼ぶべきか。

少なくとも数年前に公開された同題材の映画よりは100倍価値がある。そちらの映画はいわば取り上げた当人と、そのファン層のための意義しかない映画だった。それでも、被写体となっている中平氏はその思惑よりも遥かに強かで逞しいと当時微かに感じたが、今回の正当なドキュメントを見て、それが見当違いではなかったことをあらためて認識した。

前述の「Our Daily Foods」を引き合いに出して語れば、同じ即物的視線、全的視野であっても立ち位置はいわば真逆である。その補足として言えば、前者が「食」のグローバリゼーションに対して単純に否定的な見地で本作を撮影したとは、どう考えても思えないのだ。仮にそうなら、こうした撮影も実現し得ないだろう。
即物的視座においては対象の絞り込みが大きな意味をもつ。中平氏の横浜と、選び撮られた事物(…否定を貫くため…)に比すれば、「Our Daily Foods」の選び取った対象(…肯定も含まれる…)が孕むものもまた、同次元において炙り出されてくる。

・・・

羽田で飛行機を待っている間にフロイトの「幻想の未来/文化への不満」を少し高いと思いながらも買う。フロイトでこういう政治的に直接的な言説というのは、今までは読んだことがなかった。軽く読み始めたが「夢判断」よりも遥かに読み応えがある。包括的な最後期の著作だからというのもあるが、何よりもフロイトが精神分析論の体系を宗教/国家論や政治論、そして人間そのものへの啓蒙に結びつけるアクチュアリティに、やはり惹かれる。
# by akiyoshi0511 | 2008-01-22 04:00 | monologue

2006.10.20

地下鉄の線路というのは幼い頃から自分にとって、何か過去と未来を繋ぐ異空間のようなものなのだった。過去には未来の予兆として見ていて、その未来の直中にいたっては過去としてすべてが認識される、というような、過去でもあり未来でもある(しかも建造物としてはつねに現在形で眼前にある)、時間をチューブ状にしてメビウスの輪にしたもの…。今年の夏札幌に帰った時、数年ぶりに見た地下鉄のシェルターを撮った。子どもの頃地下鉄が好きで、最前列の座席に立ち何度も往復して景色を凝視していたが、20年経って今度はカメラを携えて乗りこみ、レンズを通して凝視していた。幼い頃に自分が感じていた時空の恍惚をベンヤミンの認識に照らしてあらためて実感した、と書いたら言い過ぎと言われそうだが、いずれにしてもその場所の写真はまだ撮り足りない気がする。
# by akiyoshi0511 | 2007-11-29 03:08 | old text

湿地帯
黄金色の泥に足が埋まってゆく。紅葉した落葉松の香りを嗅ぎながら、このままどこまでも深く、泥の中に沈んでしまえばどんなに楽だろうかと思う。しかし結局生きている以上、「巧く浮く」ことを考えはじめる。
来年はカヤックに乗るだろう。どのような人間も好んで訪れることはしないこの湿地をより深く知るために船を漕ぐ。

原野の鱒
滔々とした流れに毛針を流せばときとして虹色の鱒が現れる。うすい紫の鱗には傷ひとつなく、処女の肢体のように張った尾びれ。どんな女よりも美しいそれに魅せられるうちに、人間のことなど忘れてしまいそうだった。

民航機とF15
頭上を民航機が掠めるが、それはくぐもった柔らかい音。しかし時には、眼下の世界を嗤うようにけたたましい轟音を響かせて、F15が空を貫通してゆく。もしこの不快感がなければ、度々ここに通うこともなかっただろう。いずれにしても頭上の航空機はこの夏の自分にとって唯一の「現実」だった。

ジナーF
カメラというよりも暗箱であるそれを抱えて原野を歩いていたのは、夏の間、それも早朝と夕刻だけだった。秋になり大地が全的な美しさと生命の息吹に満たされると、完全にカメラを放棄し、樹々の匂いを嗅ぐことと鱒を追うことに「専念」してしまった。鱒や鹿や、未だ姿の見えない羆、それに渡り鳥…。そこに生きる他の生き物と自分はほとんど同じものだった。
ジナーで何を撮るかは定めたが、そのために時間を使うのが勿体ないと思えるほどに原野は過酷で美しかった。

河川工事
こちらに来て原野を歩き始め、撮影と釣りのためにたまたま自分が見定めた場所が「公共」事業で完膚なきまでに破壊された。遡上していた鮭が命を賭して作った産卵床は土嚢の下敷きとなり、残された彼等は白化した体で頼りなく流れを漂っていた。
それからというもの、晴れた日も雨の日もその場所に通い、釣りもせず、写真を撮るでもなく、何も言わず破壊工事の光景を眺めていた。ある日、工夫の男が話しかけて来たのでひとしきり話した。
数日後、そこには小さな仮設の魚道が設けられていた。工夫たちの姿はその後見ていない。

六ヶ所村
核廃棄物再処理施設、というひどく回りくどい表現や、プルサーマルという聞き慣れない言葉をこちらに来てから多く耳にするようになった。知人の伝手で3時間ほどのビデオ作品も観た。自分がそこに直接関わることはなさそうだが、荒野に佇む人々の姿には俄に共感を覚えた。
それはデレクジャーマンの晩年の住居を思わせた。ダンジェネスと、六ヶ所村の荒野と、ウトナイ原野。3つの場所では、少なくとも目に入るもののうちの空の領分が似通っている。

カフェ
冬が近づくと、郊外にある珈琲店に足繁く通うようになった。次第に人間の女性とも再び口を聞くようになった。札幌の南にある同じ店に何度も通い、今のところ話し相手は毎回違う。
夏の間に焼けた顔はもう、少しずつ元の色に戻りはじめたようだ。技術書や新書以外に開く本と言えば中平卓馬の「見続ける涯てに火が」と、サルトルの「嘔吐」。
# by akiyoshi0511 | 2007-11-03 01:12 | monologue

釣り

魚を待つ間にいろいろな言葉がフラッシュバックすることがある。それは決して心地よいものではなく心が乱される。しかし浮子が消し込まれ銀輪が水の中にきらめいた瞬間から、しばしの間すべてが「抹消」されるのだった。
鈍い苦痛と一瞬の解放。
# by akiyoshi0511 | 2007-10-09 11:17 | monologue

まだまだ

先週撮影した写真が仕上がってきた。10カット分くらい使えそうなものが撮れたが、まだ必要量の半分に過ぎない。理や認識を越えた、土地や魂の力を感じる写真が少ない。撮影場所や時間は正しくとも技量が追いついていない場合もあるようだ。
秋が深まるまでの僅かな日数で、納得のゆくものを揃えられるか…。

数年前に雑誌でティルマンスが特集されていた記事で、どんな時にシャッターを切るのかという質問に対して「心の妖精に従う」という回答がなされていたのをふと思い出した。「要請」の誤植じゃないかとそのときは考えたけれど、もしかしたらあれはそのままの意味だったのかもしれない。神でも認識でもなく妖精というソフトな仮説はティルマンスらしいとも言える。
# by akiyoshi0511 | 2007-09-30 13:27 | monologue

天気待ち

前線が去り、すばらしい秋晴れ。5時に起きて空を見上げ、居ても立ってもいられなくなって撮影に出かけた。
朝食前に某街道の並木を撮影し、自宅でひと山200円のトマトを食べてコーヒーを飲み、もう一度家を出た。
はじめは北、次は西。

街の西の果てにある1000メートルの山の頂上は、ぜひとも「最初の20カット」に加えたかった。テレビやラジオ放送のアンテナが林立するこの山頂は、この地域所縁のメディアが一斉に「声」を発する場だからだ。善かれ悪しかれこれらの「声」の下で、人々は生きている。
ベンダースの「まわり道」をふと思い出した軽い登山だったが、そもそもこのアンテナのイメージ自体、「ベルリン天使の詩」なくしては確信を持ちえなかったことだろう。

今日一日の撮影でまったく成果がなかったら、これから徐々に追いつめられていくのかも知れない。そんなことを考えながら、市内数カ所でカットを重ねた。

衝撃は徐々に薄れてゆく。街並みにも、空気にも慣れてしまう時は来る。
それは当然のことであるが、今の取り組みはその時期が来る前に終わらせたい。
この街が「未知なる場所」であるうちに、その有り様(ありよう)を一息に受け止め、最初の認識が去らぬうちにフィルムに焼き付けたい…と思う。
# by akiyoshi0511 | 2007-09-22 19:51 | monologue

東京雑感

羽田空港のポーチに降りてから、五反田にあるスタジオまで、視線を向けた先に映るのは悉く痛ましい光景。自然を欠いていることではなく、無駄なものしかないことがこの上ない虚しさとしてこの目に映るのだった。

夜毎首都の周縁で酩酊し、古女房のような友人の家に世話になり、飽きるほど通った喫茶店に相変わらず入り浸った数日間。風邪に魘され、蜥蜴の顔をした醜い男女のとばっちりを受けたりしながら、それでもこれらは新天地で自分を見失わぬためにはほどよい「毒」なのだと思うことにした。

そして今日。透明な水、冷やかな初秋の風、水面を舞う鱒…。
昨夜まで目にしていた光景は一体なんだったのか、そして今日眼前にある光景はどこの惑星のものか。僕はソラリスにいるのか?

しかし耳を劈く不快な轟音にふと空を見上げれば、F15が編隊を組んで飛び去ってゆく。
ここはまぎれもない、日本の地方都市だ。
# by akiyoshi0511 | 2007-09-20 08:31 | monologue

ビアガーデン

ずっと眺めるだけだった大通公園のビアガーデンに、今さら参戦。
知っている人と盛り上がり、知らない人とも乾杯する。

札幌の夏祭りは7月下旬から8月の盆明けまで、だらだらと長く、その間は花火やビヤガーデンや繁華街のイベントなど、ほぼ途切れなく催しが続く。

北国の短い夏を余すところなく楽しみたいという、人々の思いの現れなんだろう。
# by akiyoshi0511 | 2007-08-15 00:23 | monologue

Unknown Northern City

ある日、ある岬へー
15年ぶりに釣り道具を背負い父の背を追ったが、崖を上り下りする時に先に息を上げたのは、父の方だった。

別の側面、毎日がロケハンのような日々でもある。
東京はうだる暑さだろう。此処の清浄な空気は鋭気を養うに充分すぎるだけでなく、この土地自体がある種の発見でもある。

此処はわたしの故郷などではない。ほとんど未知の、ゆるやかな罪の上に立つ、未だ匿名の都市。封建的ななにかは此処まで届かず、差し当たりの態度に否定も肯定も必要ない。言うなれば、道々のアスファルトさえも薄いのだ。故に、己自身の思想や感性の輪郭もかえって明確になる。

浅薄な近代の上に、倭人と先住民族のどちらにも呼応できない人間が視線をたむけながら、ただ立っている。此処では常に、己自身の在り方が個的に、率直に問われる。

夜眠れば、川崎の夜光の光景がひときわくっきりと眼窩の闇に浮かぶ。
あらたな制約があるものの、やっと、本当の意味で彼等にレンズを向けられるではないかという期待も感じる。ジョナス・メカスが言ってのけたように「時間の結び目を解きほぐした」というほどのものではないにせよ、ある種の段差の意味あいをこれまでよりも明確に分析可能にはなるだろう。
# by akiyoshi0511 | 2007-07-28 17:41 | monologue

2005年の日記

当時の稚拙な文章の細部を気付いた時に修正しながら、
この作業にともなう懐古がこれからの自分にとって大きな意味を持つことに気付く。

万事快調。

北海道に戻った自分が繰り返し観るものは、
「惑星ソラリス」ではなくそういうものなのだった。
少なくともそうであるべきだと。

・・・

10代の頃、毎日のように夕暮れ時に散歩していた公園を、
20代の終わりに差し掛かった今、毎朝散歩する。

それなりに整理された思考と、
ふたたび沸騰する思考。
どちらもどうやら、生きている。
# by akiyoshi0511 | 2007-07-08 09:38 | monologue

原点回帰

ひさしぶりに朝まで飲んだ。
新宿の路上で仮眠。
# by akiyoshi0511 | 2007-06-23 15:26 | dialogue

2007.5.24

Thomas Struthの写真集を2冊購入した。かなり高かったけれど、ずっと気になっていた、というよりはいつか買いたいと思っていたもので、ここ最近の心境も手伝って、無理を承知で購入した次第。中平卓馬の著作も出ていたので、一緒に購入。後者は思っていた以上のボリュームで、ある意味ではこれまで明らかにされていなかった部分も多い氏自身の初期の言論のディテールを、これでトレースできるなと。今更、とは決して思わない。基本的に、すべてが生きた言葉だと思う。

Thomas Struthは数年前から意識してきた写真家で、やはりドイツの、文字通りというかまさに筋金入りの視線は「深度」がぜんぜん違うと感じさせられてきた。個々の対象物に対する頑なまでの姿勢もそうだが、氏の写真行為全体の長年の遷移であったり、カメラによる「標本」のごとく収められてきた対象物のすべてを、モンタージュ的に見た時に生まれる一体感が揺るぎない。編集も写真家の仕事、なんていう言葉が陳腐に思えるほどに、それらの結びつきは地に足が着いている。ひとつのシリーズから次のシリーズへと対象が変化し、またそれを繰り返すごとに、写真家というよりも写真そのものの存在意義が立証されてゆくような、巨視的な在り方。歴史に対して自覚的な国民性がそれを可能にしているのかもしれない。
# by akiyoshi0511 | 2007-05-24 05:38 | monologue

2007.04.23

リバーサルフィルムで撮った写真は現像に出すこともなくそのまま放置してしまうことが多い。けれど、昨日撮った1ロールはそうはならないだろう、ふとした瞬間にそこに収められた1カットのために。それは率直に自分の心のための写真であり、カメラを構える右手も、シャッターを圧す指も、閉じた左目も、RXのシャッター音も奇妙に軽さを孕んでいると感じたのだった。そうやって少しずつ以前とは違う次元にチューニングを合わせてゆく。頑になることで真実に近づかんとした己はもういないが、その時間で身につけたものは今シャッターをきる瞬間も確かに息づいている。この失われることのない意思のために、撮り続けるのだと。過去を説明する言葉に詰まっても、まだここに眼差しは生きているのだと。
幼い頃の自分のように、軽口をたたきながら20代を終えようとしている。既に自分自身の行く末は知っているという気がする。あとは、他ならぬその人がいるのか、それとも今後も同じように一人で行くのかということだけだ。僕にはそれを決めることはできない。
# by akiyoshi0511 | 2007-04-23 17:09 | dialogue

memo_9

今まで以上に「標本」としての撮影行為に重きを置く。そして逐次映像化され発信される写真標本が、なにがしかの意味を生むまで試みは続くと思う。継続、というのが重大な要件となるのははじめてのことで、今まではある種のおとしまえばかりに拘泥してきたのだった。

「逐次映像化され発信される」場は今後の状況に応じて決定されてゆく訳だけれど、組み上げたものをある段階でオリジナルなものとしてまとめ上げる場として、ある種のライブパフォーマンスのようなものも視野に入れている。

もう数週間は自室での実験が続いて、その後今年最初の仕事以外の撮影の場は厳寒の道東になる気がしている。もう始まっていることではあるけれど、そこから改めて出発したい。
# by akiyoshi0511 | 2007-01-28 05:13 | monologue

TMX_0111

T京現像所で試写を観るために待合室にいて、ふと壁にかけてあった一葉のプリントが目に留まった。苔むしたどこかの里山、橙色に紅葉した木々の隙間にお堂がこじんまりと収まっている、スクエアの画面。

飾られていた他の写真は例えばスローシャッターで捉えられた沢や、広角レンズでパースペクティブを誇張した風景など、仰々しい有り体の美意識を感じさせて逆にほとんど重みを欠いていたが、その写真だけは妙にリアリティがあり、潔い輝きを放っていた。まるでその場に居合わせたかのような、樹皮の芳香や手触りや、晩秋の冴えた空気を伝えるような、体験そのものに果てしなく近い写真。おそらくは撮り手さえも意図していない、認識の零度をさまよう「決定的瞬間」がそこには体現されていた。

ときどき、予期せずそういう写真に出会う。
ここのところ映像のことばかり考えていたけれど、一気に写真の世界に引き戻された気がした。

「世界は美しい」とか「美しい国」などと寒々しく口にする輩が多いようだけれど、本当に世界が美しいと思える瞬間なんて稀だ。
# by akiyoshi0511 | 2007-01-11 23:02 | monologue